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第7話
真琴が「お近づきの印」として持ってきたタッパーいっぱいのポテトサラダ。
それを見た薫は、彼女の厚意にどうしても「自分の力」で応えたいと、猛烈に気合が入っていた。
「真琴さん。せっかくのポテトサラダですから、私が最高の付け合わせを添えてみせましょう。三葉、特売の玉ねぎを出しなさい。私は今、猛烈に『刻みたい』気分なんだ!」
「薫お兄様、ポテサラにはもう玉ねぎ入ってると思うけど……まあいいわ。はい、1玉19円のやつよ!」
薫は、胸のスヌーピーの万年筆をそっと撫で、精神を統一すると包丁を握った。
すごい速さで玉ねぎは切り刻まれていく。
薫は、真琴が自分のすぐ後ろで、ひいなと一緒に食卓の準備をしているという事実に、完全にトランス状態に陥っていた。
「薫お兄様、気合を入れすぎて玉ねぎが消滅しかけてるわよ!」
三葉のツッコミも届かない。薫は涙をボロボロ流しながら、一心不乱に刻み続けた。
「あっ、薫さん、危な……っ!!」
真琴が叫び、ガシッと薫の腕を掴んだ。包丁の刃が、薫の指先をわずかに掠めていた。
「……あ、あぁ。不覚です。真琴さん、あなたの気配に、つい心を奪われて……」
「何言ってるんですか! ほら、一旦手を洗って。……はい、これ貼っておきますから」
真琴がバッグから取り出したのは、何の飾りもない、ごく普通の肌色の絆創膏だった。
彼女は、
「じっとしてて」
と言うと、薫の細い指に、手際よくその絆創膏を巻きつけた。
「……真琴さん。この、飾り気のない実用性に徹した絆創膏。……実に、風雅だ」
「薫さん、ただの絆創膏ですよ? 痛みますか?」
「いえ……これは、一生忘れることのない、温かな痛みです」
「薫お兄様、ただの怪我でそこまで感動しないでよ!」
三葉のツッコミが響く中、薫は真っ赤な顔をして、自分の指を愛おしそうに見つめた。この後、真琴のポテサラを囲んだ食卓は、これまでにない温かさに包まれた。
その夜。賑やかな夕食が終わり、明兄様たちがそれぞれの町へ帰った後のキッチン。
そこには、皿を洗う次姉・二葉と、それを手伝う従者の瀬名葵の姿があった。
「……葵。あとの皿は私がやります。あなたは薫兄様の部屋の香の準備があるでしょう?」
二葉が、100均の洗剤を一滴だけスポンジに足しながら言った。
「いえ。薫様は今、真琴様からいただいた絆創膏を眺めながら日記を書くのに夢中ですから。……今は、私にお手伝いをさせてください、二葉様」
カチャリ、と皿が重なる音だけが響く静かなキッチン。
窓の外には、二葉が愛する冬の月が冷たく輝いている。二葉はふと、今日の兄の騒動を思い出した。
「……薫兄様も、変わりましたね。花よりも、一人の女性を選ぶなんて。合理的ではありませんが……どこか、羨ましくもあります」
二葉がふと漏らしたその言葉に、葵の手が止まった。
葵は、拭き終えたばかりの皿を置き、二葉の横顔を見つめた。
「二葉様……。私は、あなたが一人で雪を眺めている背中を、ずっと後ろからお守りしたいと思っていました。私では、貴女の隣で琴を聴く資格はありませんか? ……二葉様。お慕いしております」
「……っ」
二葉の動きが止まった。ブルートパーズの指環が月の光を反射して震えている。
「……葵。……貴方が、私の隣にいたいと言うのなら、……許可します。……明日の朝食、米の水加減から教えますから」
「……っ! ありがとうございます、二葉様!!」
その様子を、物陰からこっそり覗いていた三葉は、アメジストの指環を口に当てて必死に叫びを堪えていた。
3000億円の邸宅の、節約された静かな夜。
二人の恋が、皿洗いの泡の中に溶けていくように、確かに始まった瞬間だった。
現実じゃあこんなに両思いにならんやろ。私だって2回好きな人に振られたし。
まぁ自分が書いた小説だから仕方ないんだけど…