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第8話
あれから数日。朱雀院邸の空気は、かつてないほど恋の熱を帯びていた。
そんな中、薫は、書斎で、母・紫苑の遺品である宝石箱を前に、背筋を伸ばして座っていた。
「……三葉。やはり、これしかないと思うのだ」
薫が震える指先で取り出したのは、朱雀院家の至宝の一つ。オレンジとピンクが溶け合ったような、蓮の花の色をした「パパラチアサファイアの指環」だった。
「お兄様…本当に、真琴さんに渡すのね? お母様が一番大切にしていた、あの指環を」
末っ子の三葉は、アメジストの指環をはめた手で、その輝きを眩しそうに見つめた。
「ええ。普通のOLである彼女に、この重みは酷かもしれません。しかし、私が初めて藤や椿よりも美しいと思ったのは、彼女だけなのです。……三葉、協力してくれますか。私は……最高に『奮発』したプロポーズをしたいのです!」
「奮発って言っても、お兄様。うちは『質素』が家訓よ? 派手なレストランなんて借りたら、お父様に破門されちゃうわ!」
三葉が釘を刺すと、薫は万年筆をペン回ししながら力強く頷いた。
「分かっています。場所は、私たちが初めて出会った、あの『街を見下ろせる丘』にします。……三葉、君には『100均』と『特売』の知識を駆使して、あそこを世界一風雅な場所に演出してほしいのです!」
そこからは三葉の独壇場だった。
「任せなさい! 100均のLEDキャンドルを100個並べて、特売の不織布を敷いて……。二葉お姉様には『冬の町』から琴を運んでもらいましょう!」
「……ええ。薫兄様のプロポーズなら、私も合理的でない協力を惜しまないわ。葵も、運搬を手伝ってくれると言っていますし」
冬の町から現れた二葉が、ブルートパーズの指環を光らせながら言った。その横には、少し照れくさそうに笑う葵の姿があった。
プロポーズ当日の夕食。真琴が来る前に、家族は作戦会議を兼ねた「決起集会」を開いた。
「薫、お前のその『奮発』、俺は支持しよう」
長兄の明が、ひいなにデレデレしつつも、薫の肩を力強く叩く。
「ありがとうございます、兄上。……うっ、今日の玉ねぎは……いつも以上に、涙を誘いますね……っ!」
薫はもはや恒例となった「涙の微塵切り」を繰り出し、真琴への愛を、そしてこれまでの孤独な風雅への決別を、包丁の音に乗せて刻み続けた。
「さあ、みんな! 準備はいいわね!? 朱雀院家の総力を挙げた、1円も無駄にしない『最高に奮発したプロポーズ』……スタートよ!!」
三葉の号令とともに、3000億円の邸宅から、一族がそれぞれの役割を胸に動き出した。
薫のポケットには、パパラチアサファイアの指環と、真琴が貼ってくれたあの絆創膏が大切にしまわれていた。