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作った答えは強がることと愛想笑いで。
おもち
--- **ありがとう** ---
誰もいないと思っていた暗いリビングのドアを開けると、そこには優しくて温かい、聞き慣れた声が待っていた。
「おかえり、恋白。お疲れ様。ご飯、できてるよ」
キッチンから顔を覗かせたのは、私のたった一人の家族であり、4歳上の兄、**|七五三掛 真白《しめかけ ましろ》**だった。
私が12歳、お兄ちゃんが16歳のときに、私たちは両親を突然なくした。
まだ高校生だったお兄ちゃんは、自分の青春のすべてを投げ打って、いくつものバイトを掛け持ちした。
そうして、なんとか家計を支え、私を今日まで育ててくれた。
心優しく、どこまでも寛容な、私にとって親代わり以上の存在。
「お兄ちゃん、今日バイトじゃなかったの?」
「うん、今日はシフトを代わってもらえたんだ。恋白と最近ゆっくり話せてなかったから、一緒に夕飯食べようと思ってさ」
そう言って笑うお兄ちゃんの顔には、少しだけ隠しきれない疲労の影があった。
私のために、今日も無理をして時間を作ってくれたんだ。
「そっか。ありがとう、嬉しい!」
私は咄嗟に、今日一番の愛想笑いを浮かべた。
お兄ちゃんにこれ以上、私のことで余計な負担や心配をかけたくない。
私は幸せで、毎日が充実している妹でいなきゃいけない。
それが私なりの恩返しであり、作った答え。
「今日のハンバーグ、恋白の好きなチーズ入りだよ。はい、たくさん食べな」
「わあ、美味しそう! お兄ちゃんの作るご飯が世界一好き。私、本当にお兄ちゃんの妹でよかったな。毎日すっごく楽しいよ」
重ねて、声を弾ませて強がってみせる。
学校での疲れも、心を削るような偽りの自分への嫌悪感も、全部「大丈夫」の引き出しに押し込んで鍵をかけた。
だけど、真白の穏やかな瞳は、私の笑顔の奥を見透かすようにじっと見つめていた。
私が親を失ったショックで心を閉ざしたあの頃から、お兄ちゃんはずっと私の隣にいてくれた。
だからこそ、私のほんのわずかな呼吸の乱れや、目の奥の翳りといった「静かな変化」に、誰よりも早く気づいてしまう。
真白は箸を置くと、優しく、包み込むような声で私に語りかけた。
「……恋白、また学校で無理して笑った?」
「えっ? そんなことないよ。本当に楽しかったし――」
「いいんだよ、強がらなくて。家族の前でくらい、16歳の子どもに戻りな。嫌なことがあったなら、ご飯残して部屋に閉じこもったっていいんだからね」
その言葉が、私の張り詰めていた心の糸を、ぷつりと切った。
お兄ちゃんは知っている。
「りんね」としての私が、ネットの海で叫び散らしていることも、顔を隠して大勢の人に歌を届けていることも。
だけど、目の前にいる「恋白」が、自分の言葉を必死に飲み込んで、歪な答えを差し出していることだけは、ちゃんとお見通しだった。
「お兄ちゃん……」
喉の奥が熱くなって、ハンバーグの味が急にわからなくなる。
強がることも、愛想笑いを浮かべることもできない。
ただの、小さくて泣き虫だった12歳の頃の私に戻されていく。
「ごめんね、お兄ちゃん。私……」
「謝らなくていいよ。頑張ってるの、ちゃんと知ってるから」
真白は席を立ち、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
その手の温もりが、学校で冷え切った私の心を、ゆっくりと、だけど確かに溶かしていく。
14歳の頃、私が独り言のように漏らした「歌いたい」という小さな声を拾って、少ない給料の中から防音ブースやマイク一式を揃えてくれたのは、他でもないお兄ちゃんだった。
ネットの世界が私の唯一の救いであることを、お兄ちゃんは誰よりも理解し、応援してくれている。
「学校でも、家族の前でも、そんなに作った答えばかり用意しなくていいんだよ。……『りんね』の時は、あんなに格好よく自分の言葉で歌えてるんだからさ」
真白は少し照れくさそうに笑いながら、スマホの画面を私に見せた。
画面に映っていたのは、私が昨夜投稿した動画。
お兄ちゃんはいつだって、私の最初の一番のリスナーだった。
「あ……。お兄ちゃん、また再生回数増やしてくれたの?」
「うん。通勤中もずっと聴いてる。今回の曲も、すごく恋白らしくて良い曲だね。でもね、恋白」
真白はスマホを置くと、真剣な、だけどどこまでも温かい目で私を見つめた。
「『りんね』としてネットで本音を叫ぶことで、リアルの恋白の心が少しでも軽くなっているなら、僕はいくらでも協力する。だけど……もし『りんね』で叫ぶために、学校での恋白が無理をして、強がりや愛想笑いを溜め込んでいるんだとしたら、僕は心配」
お兄ちゃんの言葉は、いつも私の核心を優しく突いてくる。
傷つきたくないから、学校では強がる。
嫌われたくないから、誰にでも愛想笑いをする。
そうして昼間に溜め込んだ「リアルでの歪み」を、夜、防音ブースの中で「りんね」の歌声として爆発させていた。
それを見抜かれているのが、少しだけ恥ずかしくて、だけどどうしようもなく嬉しかった。
「……うん。ちょっと、苦しかったかも」
お兄ちゃんの前でだけは、作った答えなんて必要ない。
私は小さく本音をこぼして、お兄ちゃんが作ってくれたチーズインハンバーグを、今度はちゃんと味わうように口に運んだ。