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作った答えは強がることと愛想笑いで。
おもち
--- **プロローグ** ---
夕暮れの教室。放課後の喧騒が遠ざかる中、私は机に突っ伏したまま、スマホの画面を見つめていた。
SNSの通知は止まらない。
画面に並ぶのは、新曲の歌ってみた動画に寄せられた大量のコメントだ。
『りんねちゃんの歌声、本当に神すぎる!』
『いつも元気もらってます!大好き!』
画面の向こうの私は、何万人ものファンに愛される歌い手「**りんね**」。
だけど、本当の私は、クラスの隅で息を潜めるように生きている16歳の高校生、**|七五三掛 恋白《しめかけ こはく》**だ。
顔出しはしていない。
私の正体を知る人は、この学校には一人もいなかった。
「作った答えは強がることで。作った答えは愛想笑いで。」
これが、恋白として教室に馴染むための、私の絶対的なルール。
「あ、七五三掛さん!今日の日直の仕事、代わりにやってもらっちゃってごめんね!助かったー!」
クラスの派手なグループの女子が、申し訳なさそうな顔で声をかけてくる。
「ううん、全然大丈夫!ちょうど私も残ってやることがあったから。気にしないで」
私は瞬時に、鏡の前で何度も練習した、100点満点の愛想笑いを浮かべた。
本当は、早く帰って録音の続きをしたかった。
だけど、「嫌だ」なんて言えない。
地味で大人しくて、いつでも言うことを聞いてくれる都合のいい女子生徒。
それが、この教室で私が生き残るための**「正解」**の形だから。
「七五三掛さんって、本当にいつも優しいよね。怒ることとかないでしょ?」
「あはは、どうだろう。でも、毎日楽しいし、不満とか全然ないよ!」
今度は、少し声を弾ませて強がってみせる。
悩みがなさそうで、害のない人間。
そう思わせておけば、誰も私の内側に踏み込んでこない。
自分の殻を守るための、それは完璧な防壁だった。
「じゃあ、お先に見送りー!」
「うん、また明日ね」
誰もいなくなった教室で、私はふう、と深く息を吐き出した。
作った笑顔を消した瞬間、顔の筋肉が急激に冷えていく。
窓ガラスに映る恋白の顔は、驚くほど平坦で、生気がなかった。
「……何やってるんだろ」
カバンからイヤホンを取り出し、耳に押し込む。
再生したのは、昨夜アップした「りんね」としての最新曲。
イントロが流れた瞬間、私の世界は一変する。
『ねえ、私の声を聞いて』
イヤホンから流れる「りんね」の歌声は、教室での私とは正反対だった。
激しく、感情を剥き出しにして、世界の不条理を呪うように叫んでいる。強がることも、愛想笑いを浮かべることも必要のない、感情の濁流。
ネットの海の「りんね」は、あんなに自由に泣いて、怒って、叫んでいるのに。
どうしてリアルの「恋白」は、こんなにも自分の言葉を飲み込んで、偽物の答えばかりを並べているんだろう。
学校の門をくぐり、夕焼けで真っ赤に染まった坂道を下る。
スマホの画面をタップすると、また「りんね」への温かいコメントが流れてきた。
傷つきたくないから、学校では強がる。
嫌われたくないから、誰にでも愛想笑いをする。
そうして作った答えを差し出し続けているうちに、いつの間にか「恋白」としての本当の歌い方(こえ)を忘れてしまいそうになる。
「ただいま……」
まだ誰もいない家に帰り、自分の部屋の防音ブースに閉じこもる。
制服のネクタイを緩め、コンデンサーマイクの前に立った。
電源を入れると、マイクの冷たい金属感が、私を恋白から「りんね」へと引き戻していく。
画面に表示されたミキシングソフトの録音ボタンを押す。
伴奏が流れ出す。
私は大きく息を吸い込んだ。
今夜、マイクの前でだけは、作った答えなんて全部脱ぎ捨てて。
私は「りんね」として、嘘のない本当の心を、この歌声に乗せて叫ぶんだ