編集者:おもち
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目次
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **プロローグ** ---
夕暮れの教室。放課後の喧騒が遠ざかる中、私は机に突っ伏したまま、スマホの画面を見つめていた。
SNSの通知は止まらない。
画面に並ぶのは、新曲の歌ってみた動画に寄せられた大量のコメントだ。
『りんねちゃんの歌声、本当に神すぎる!』
『いつも元気もらってます!大好き!』
画面の向こうの私は、何万人ものファンに愛される歌い手「**りんね**」。
だけど、本当の私は、クラスの隅で息を潜めるように生きている16歳の高校生、**|七五三掛 恋白《しめかけ こはく》**だ。
顔出しはしていない。
私の正体を知る人は、この学校には一人もいなかった。
「作った答えは強がることで。作った答えは愛想笑いで。」
これが、恋白として教室に馴染むための、私の絶対的なルール。
「あ、七五三掛さん!今日の日直の仕事、代わりにやってもらっちゃってごめんね!助かったー!」
クラスの派手なグループの女子が、申し訳なさそうな顔で声をかけてくる。
「ううん、全然大丈夫!ちょうど私も残ってやることがあったから。気にしないで」
私は瞬時に、鏡の前で何度も練習した、100点満点の愛想笑いを浮かべた。
本当は、早く帰って録音の続きをしたかった。
だけど、「嫌だ」なんて言えない。
地味で大人しくて、いつでも言うことを聞いてくれる都合のいい女子生徒。
それが、この教室で私が生き残るための**「正解」**の形だから。
「七五三掛さんって、本当にいつも優しいよね。怒ることとかないでしょ?」
「あはは、どうだろう。でも、毎日楽しいし、不満とか全然ないよ!」
今度は、少し声を弾ませて強がってみせる。
悩みがなさそうで、害のない人間。
そう思わせておけば、誰も私の内側に踏み込んでこない。
自分の殻を守るための、それは完璧な防壁だった。
「じゃあ、お先に見送りー!」
「うん、また明日ね」
誰もいなくなった教室で、私はふう、と深く息を吐き出した。
作った笑顔を消した瞬間、顔の筋肉が急激に冷えていく。
窓ガラスに映る恋白の顔は、驚くほど平坦で、生気がなかった。
「……何やってるんだろ」
カバンからイヤホンを取り出し、耳に押し込む。
再生したのは、昨夜アップした「りんね」としての最新曲。
イントロが流れた瞬間、私の世界は一変する。
『ねえ、私の声を聞いて』
イヤホンから流れる「りんね」の歌声は、教室での私とは正反対だった。
激しく、感情を剥き出しにして、世界の不条理を呪うように叫んでいる。強がることも、愛想笑いを浮かべることも必要のない、感情の濁流。
ネットの海の「りんね」は、あんなに自由に泣いて、怒って、叫んでいるのに。
どうしてリアルの「恋白」は、こんなにも自分の言葉を飲み込んで、偽物の答えばかりを並べているんだろう。
学校の門をくぐり、夕焼けで真っ赤に染まった坂道を下る。
スマホの画面をタップすると、また「りんね」への温かいコメントが流れてきた。
傷つきたくないから、学校では強がる。
嫌われたくないから、誰にでも愛想笑いをする。
そうして作った答えを差し出し続けているうちに、いつの間にか「恋白」としての本当の歌い方(こえ)を忘れてしまいそうになる。
「ただいま……」
まだ誰もいない家に帰り、自分の部屋の防音ブースに閉じこもる。
制服のネクタイを緩め、コンデンサーマイクの前に立った。
電源を入れると、マイクの冷たい金属感が、私を恋白から「りんね」へと引き戻していく。
画面に表示されたミキシングソフトの録音ボタンを押す。
伴奏が流れ出す。
私は大きく息を吸い込んだ。
今夜、マイクの前でだけは、作った答えなんて全部脱ぎ捨てて。
私は「りんね」として、嘘のない本当の心を、この歌声に乗せて叫ぶんだ
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **ありがとう** ---
誰もいないと思っていた暗いリビングのドアを開けると、そこには優しくて温かい、聞き慣れた声が待っていた。
「おかえり、恋白。お疲れ様。ご飯、できてるよ」
キッチンから顔を覗かせたのは、私のたった一人の家族であり、4歳上の兄、**|七五三掛 真白《しめかけ ましろ》**だった。
私が12歳、お兄ちゃんが16歳のときに、私たちは両親を突然なくした。
まだ高校生だったお兄ちゃんは、自分の青春のすべてを投げ打って、いくつものバイトを掛け持ちした。
そうして、なんとか家計を支え、私を今日まで育ててくれた。
心優しく、どこまでも寛容な、私にとって親代わり以上の存在。
「お兄ちゃん、今日バイトじゃなかったの?」
「うん、今日はシフトを代わってもらえたんだ。恋白と最近ゆっくり話せてなかったから、一緒に夕飯食べようと思ってさ」
そう言って笑うお兄ちゃんの顔には、少しだけ隠しきれない疲労の影があった。
私のために、今日も無理をして時間を作ってくれたんだ。
「そっか。ありがとう、嬉しい!」
私は咄嗟に、今日一番の愛想笑いを浮かべた。
お兄ちゃんにこれ以上、私のことで余計な負担や心配をかけたくない。
私は幸せで、毎日が充実している妹でいなきゃいけない。
それが私なりの恩返しであり、作った答え。
「今日のハンバーグ、恋白の好きなチーズ入りだよ。はい、たくさん食べな」
「わあ、美味しそう! お兄ちゃんの作るご飯が世界一好き。私、本当にお兄ちゃんの妹でよかったな。毎日すっごく楽しいよ」
重ねて、声を弾ませて強がってみせる。
学校での疲れも、心を削るような偽りの自分への嫌悪感も、全部「大丈夫」の引き出しに押し込んで鍵をかけた。
だけど、真白の穏やかな瞳は、私の笑顔の奥を見透かすようにじっと見つめていた。
私が親を失ったショックで心を閉ざしたあの頃から、お兄ちゃんはずっと私の隣にいてくれた。
だからこそ、私のほんのわずかな呼吸の乱れや、目の奥の翳りといった「静かな変化」に、誰よりも早く気づいてしまう。
真白は箸を置くと、優しく、包み込むような声で私に語りかけた。
「……恋白、また学校で無理して笑った?」
「えっ? そんなことないよ。本当に楽しかったし――」
「いいんだよ、強がらなくて。家族の前でくらい、16歳の子どもに戻りな。嫌なことがあったなら、ご飯残して部屋に閉じこもったっていいんだからね」
その言葉が、私の張り詰めていた心の糸を、ぷつりと切った。
お兄ちゃんは知っている。
「りんね」としての私が、ネットの海で叫び散らしていることも、顔を隠して大勢の人に歌を届けていることも。
だけど、目の前にいる「恋白」が、自分の言葉を必死に飲み込んで、歪な答えを差し出していることだけは、ちゃんとお見通しだった。
「お兄ちゃん……」
喉の奥が熱くなって、ハンバーグの味が急にわからなくなる。
強がることも、愛想笑いを浮かべることもできない。
ただの、小さくて泣き虫だった12歳の頃の私に戻されていく。
「ごめんね、お兄ちゃん。私……」
「謝らなくていいよ。頑張ってるの、ちゃんと知ってるから」
真白は席を立ち、私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
その手の温もりが、学校で冷え切った私の心を、ゆっくりと、だけど確かに溶かしていく。
14歳の頃、私が独り言のように漏らした「歌いたい」という小さな声を拾って、少ない給料の中から防音ブースやマイク一式を揃えてくれたのは、他でもないお兄ちゃんだった。
ネットの世界が私の唯一の救いであることを、お兄ちゃんは誰よりも理解し、応援してくれている。
「学校でも、家族の前でも、そんなに作った答えばかり用意しなくていいんだよ。……『りんね』の時は、あんなに格好よく自分の言葉で歌えてるんだからさ」
真白は少し照れくさそうに笑いながら、スマホの画面を私に見せた。
画面に映っていたのは、私が昨夜投稿した動画。
お兄ちゃんはいつだって、私の最初の一番のリスナーだった。
「あ……。お兄ちゃん、また再生回数増やしてくれたの?」
「うん。通勤中もずっと聴いてる。今回の曲も、すごく恋白らしくて良い曲だね。でもね、恋白」
真白はスマホを置くと、真剣な、だけどどこまでも温かい目で私を見つめた。
「『りんね』としてネットで本音を叫ぶことで、リアルの恋白の心が少しでも軽くなっているなら、僕はいくらでも協力する。だけど……もし『りんね』で叫ぶために、学校での恋白が無理をして、強がりや愛想笑いを溜め込んでいるんだとしたら、僕は心配」
お兄ちゃんの言葉は、いつも私の核心を優しく突いてくる。
傷つきたくないから、学校では強がる。
嫌われたくないから、誰にでも愛想笑いをする。
そうして昼間に溜め込んだ「リアルでの歪み」を、夜、防音ブースの中で「りんね」の歌声として爆発させていた。
それを見抜かれているのが、少しだけ恥ずかしくて、だけどどうしようもなく嬉しかった。
「……うん。ちょっと、苦しかったかも」
お兄ちゃんの前でだけは、作った答えなんて必要ない。
私は小さく本音をこぼして、お兄ちゃんが作ってくれたチーズインハンバーグを、今度はちゃんと味わうように口に運んだ。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **変化した日** ---
私の日常は、二つの歌の力で、文字通り「爆発的」に変貌を遂げた。
きっかけは、ボカロP・MIMIさんの名曲**『今はいいんだよ。』**の歌ってみた動画を投稿したことだった。
優しく、だけどどこか切ないそのメロディに、私は学校生活で押し殺していたリアルな息苦しさを、祈るようにして全部乗せた。
強がることも、愛想笑いを浮かべることもやめたい。
そんな私の「裏側の本音」が、ネットの海の誰かの琴線に触れたのかもしれない。
動画は瞬く間に拡散され、これまで10万人だったチャンネル登録者数は、あっという間に60万人へと跳ね上がった。
「恋白、すごいじゃん! スマホ、通知で爆発しそうだよ」
リビングで真白お兄ちゃんが、自分のことのように目を輝かせて画面を見せてくれた。
「う、うん……。何が起きてるのか、自分でも全然追いつけなくて……」
嬉しさと同時に、急に大きくなった数字への恐怖が押し寄せる。
だけど、私の進撃はそこでは終わらなかった。
次に投稿したのが、Neruさんの伝説的なボカロ曲**『ロストワンの号哭』**の歌ってみただった。
『黒板のこの漢字が読めますか あの子の心象は読めますか』
まさに、高校という窮屈な教室の中で、愛想笑いの仮面を貼り付けて生きている私のための歌だった。
真白が用意してくれた防音ブースの中で、私は文字通り、魂を削るようにして叫んだ。
学校での「七五三掛恋白」としての歪みを、すべて「りんね」の咆哮に変えてマイクにぶつけた。
その叫びは、1作目を遥かに凌ぐ勢いで世界中へ響き渡った。
急上昇ランキングの1位を独走し、再生回数のカウンターは見たこともない速度で回り続ける。
そして、ついにその瞬間が訪れた。
画面に表示されたチャンネル登録者数は、「1,000,000人」。
まさかの100万人超えを達成したのだ。
「100万人……。嘘、でしょ……」
自分の部屋で、私はベッドの上に座り込んだまま呆然とスマホを見つめていた。
16歳の普通の女子高生が、顔も名前も隠したまま、日本の人口の100人に1人が知っているような存在になってしまった。
手の震えが止まらない。
コンコン、と部屋のドアが優しくノックされ、真白が入ってきた。
その手には、コンビニで買ってきた小さなショートケーキが二つ握られている。
「恋白、100万人おめでとう。……本当に、遠くまで行ったね」
真白お兄ちゃんは、少しだけ寂しそうに、だけど誰よりも誇らしそうな愛おしい笑顔を浮かべて、私の頭を撫でてくれた。
ネットの世界で「りんね」がどれだけ巨大な存在になっても、お兄ちゃんだけは私の本質を見てくれている。その事実に、私の張り詰めていた心がすっと軽くなった。
だけど、ネットがこれだけお祭り騒ぎになっている一方で、翌朝の現実は何も変わらない。
私はまた、ブレザーの制服に身を包み、憂鬱な足取りで学校の門をくぐらなければならなかった。
クラスのあちこちから、楽しげな話し声が聞こえてくる。
「ねえ、昨日『りんね』の新曲聴いた!?100万人いっててマジヤバいんだけど!」
「聴いた聴いた! 鳥肌たったわ。あの人、マジで天才すぎるよね」
まさか、その「りんね」が、すぐ隣の席で俯いて教科書を開いている、地味で大人しい七五三掛恋白だなんて、誰も思いもしない。
「あ、七五三掛さんおはよう! 昨日のノート、ちょっと見せてもらってもいい?」
「あ、うん!おはよう。全然いいよ、はい」
私はいつものように、完璧な角度の愛想笑いを浮かべてノートを手渡す。
100万人のファンを熱狂させる歌姫は、リアルではやっぱり、ただの都合のいい女子高生として強がっていた。
けれど、私の心の中の何かが、確実に変わり始めていた。
差し出し続けた「作った答え」の裏側で、100万人の味方を得た私の歌声が、今にも教室の静寂を切り裂いて響き出しそうなくらい、激しく脈打っていた。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **負担** ---
チャンネル登録者数100万人という数字は、私の世界を根底からひっくり返した。
最も大きな変化は、自分の歌声で、まとまった収入を得られるようになったことだった。
動画の収益や配信のスパチャが口座に振り込まれた口座残高を見たとき、私とお兄ちゃんはリビングでしばらく言葉を失った。
「……お兄ちゃん、これ」
「恋白、すごいな。これでお前の将来の学費も、生活費も、もう何も心配いらないよ」
真白はそう言って、肩の荷が降りたように心の底から笑った。
それからすぐ、真白はいくつも掛け持っていた過酷な深夜バイトをすべて辞めることができた。今は日中の無理のない仕事一つだけに絞り、夜はちゃんと家で一緒にご飯を食べ、夜更かしをせずに眠れている。
真白のすっきりとした寝顔を見るたび、胸の奥が温かくなる。
私が学校で愛想笑いを浮かべ、強がって生きることで守ってきた家庭。
だけど、本当にこの家を救ったのは、防音ブースの中で叫び続けた「りんね」の歌声だったのだ。
真白の負担を劇的に減らせたことが、何よりも嬉しかった。
そんなある日の夜、私の公式XのDMに、ひとつの通知が届いた。
青い公式の認証バッジがついたアカウント。
そこには、ネットで活動する誰もが知っている、あの有名歌い手事務所「STPR」の名前があった。
『りんね様。突然のご連絡失礼いたします。株式会社STPRのスカウト担当と申します。りんね様の唯一無二の歌声と、圧倒的な表現力に深く感銘を受けました。もしよろしければ、弊社の所属歌い手として、さらに大きなステージで一緒に活動をしませんか?』
「……え、STPR!?」
あまりのビッグネームに、私はベッドの上で思わず声を上げた。
すとぷりや騎士A、AMPTAKxCOLORSなど、トップクラスの歌い手たちが所属する、あの憧れの事務所だ。
「どうしたの、恋白。そんな大声出して」
温かいココアが入ったマグカップを二つ持って、真白が部屋に入ってきた。
私は震える手でスマホを真白に差し出す。
「お、お兄ちゃん、これ見て……!STPRから、所属しないかってDMが来た……!」
お兄ちゃんはスマホを受け取り、メッセージをじっと見つめた。
そして、ふっと優しく微笑んだ。
「すごいじゃん、恋白。100万人を超えて、ついに本物のプロから声がかかったんだね。……どうする? 挑戦してみたい?」
真白の寛容な問いかけに、私はココアの湯気を見つめながら、少しだけ考え込んだ。
事務所に入れば、もっと機材も、オリジナル曲の制作環境もプロ仕様になる。
ライブだってできるかもしれない。
だけど、それは「りんね」の存在がさらに大きくなり、今よりもっと世間の目に晒されることを意味していた。
リアルな学校生活とのバランス、そして何より、顔出しをせずにどこまでこの「作った答え」の二重生活を続けられるのかという不安が、頭をもたげる。
「私……まだ怖いな。学校では、相変わらず地味な七五三掛恋白のままだし。みんなにバレたらって思うと……」
いつもの癖で、少しだけ弱音を隠すように強がって笑おうとする私に、お兄ちゃんはそっとココアのカップを握らせてくれた。
「怖いなら、焦らなくていいんだよ。でもさ、恋白。お前が『今はいいんだよ。』や『ロストワン』で叫んだ本音は、もうSTPRみたいな大人の心まで動かしたんだ。学校での愛想笑いがどれだけ息苦しくても、お前の本当の価値は、もうこの100万人とプロの目が証明してる。お兄ちゃんは、恋白がどんな答えを選んでも、全力で支えるからね」
お兄ちゃんの言葉が、冷えかけた心にじんわりと染み渡る。
翌朝、私は再びブレザーの制服に身を包み、いつもの教室へ向かう。
相変わらずクラスメイトにノートを貸しては「ありがとう!」と言われ、完璧な愛想笑いを返した。
だけど、カバンの中のスマホには、STPRからのDMが眠っている。
私はただの都合のいい女子高生じゃない。
いつでもこの世界をひっくり返せる力を秘めた「りんね」なんだ。
胸の奥の防音ブースで、新しい歌のイントロが、かつてないほど激しく鳴り響き始めていた。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **決断** ---
悩みに悩んだ末、私は一つの大きな決断を下した。
私は、株式会社STPRに所属することを心に決めた。
そこには、私がずっと画面越しに憧れていた偉大な先輩たちがいた。
道を切り開き続けるすとぷり。
圧倒的な個性を放つAMPTAKxCOLORS。
鋭い牙を持つ騎士A。
そして、新進気鋭のめておらや、すにすて。
そんな最強の表現者たちの、一番最年した後輩として、私はプロの世界へ飛び込む覚悟を決めたのだ。
「お兄ちゃん、私、STPRに入る。もっと、大きくなりたい」
リビングでそう宣言した私に、真白は驚くこともなく、ただ優しく微笑んで「うん、応援するよ」と言ってくれた。
そして私は、もう一つの決断を実行に移した。通っていた高校を中退したのだ。
学校という窮屈な箱の中で、これ以上愛想笑いを浮かべ、強がって心をすり減らす必要はもうない。
「りんね」としての活動に、私の全ての時間を注ぎ込むための前向きな選択だった。
だけど、高校の勉強まで諦めたわけじゃない。
「学歴は持っておいて損はないからね」と言う真白の提案で、私は自宅で勉強を続けることにした。
幸い、お兄ちゃんは昔から驚くほど頭が良かった。
私のために進学を諦めてバイトに奔走してくれたけれど、本来なら有名な大学にだって行けたはずの秀才だ。
「ほら恋白、ここの数式の解き方、さっきと違ってるぞ」
「うぅ……真白先生、教えるのスパルタすぎるよ……」
「これくらいできないと、STPRの先輩たちに頭脳戦で負けるよー?」
昼間はリビングのローテーブルに教科書を広げ、お兄ちゃんにマンツーマンで勉強を教えてもらう。
それは、学校の退屈な授業よりもずっと楽しくて、私の心を穏やかに満たしてくれた。
そして夜になれば、私は「りんね」の仮面を被り、STPRの後輩として世界に歌声を響かせる。
教室での歪んだ二重生活は終わった。
これからは、作った答えなんかじゃない。
お兄ちゃんに支えられ、偉大な先輩たちの背中を追いかけながら、私は「七五三掛恋白」の本当の言葉を、歌に変えて世界へと証明していくんだ。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **対面** ---
STPRからのDMに、私は震える指先で「よろしくお願いいたします」と所属への意思を伝える返信を送った。
それから数日後、画面に届いたのはSTPRのオフィスでの、実際の顔合わせの日程だった。
『今回は16歳というご年齢でのご所属となりますので、ご本人様がよろしければ、保護者様やご家族の方にもぜひ同席していただければと存じます。安心して活動できる環境を一緒に作っていきましょう』
メッセージには、そんな温かい気遣いの言葉が添えられていた。
「高校生が歌ってみた」という動画のタイトルを見て、STPR側がまだ高校生の未成年の私を深く心配し、配慮してくれたのだ。
「……お兄ちゃん、顔合わせの日程が決まったんだけど」
「うん、メッセージ見たよ。恋白、一人じゃまだ不安だろ?」
リビングのソファで、真白が優しく微笑みながら私の頭を撫でてくれた。
いくらチャンネル登録者数が100万人を超えたとはいえ、私は少し前まで学校で愛想笑いを浮かべて強がっていただけの、ただの高校生だ。
芸能界のようなプロの世界に一人で乗り込むには、やっぱり少しだけ足がすくんでしまう。
それを誰よりも分かっている真白は、迷うことなく「俺もついていくよ」と言ってくれた。
顔合わせ当日。
私はいつも学校に着ていたブレザーの制服ではなく、お兄ちゃんが「プロの事務所に行くんだから」と選んでくれた、少し大人っぽい私服に身を包んだ。
お兄ちゃんも、普段のバイト着ではなく、クローゼットの奥から引っ張り出してきた綺麗なシャツを着ている。
東京・渋谷。すぐ近くにそびえ立つ、洗練されたSTPRのオフィスビルを見上げたとき、私の心臓はうるさいくらいに跳ね上がった。
「大丈夫だよ、恋白。お前の後ろには100万人のリスナーと、俺がいるんだから」
エレベーターに乗る直前、真白が私の手をぎゅっと握ってくれた。
その手の温もりが、私の震えをそっと止めてくれる。
いつだって私を窮地から救ってくれた、世界で一番信頼できるお兄ちゃんの手。
「……うん。行ってきます!」
私は、もう誰の目も気にしない、本物の笑顔をお兄ちゃんへと返した。
学校での偽物の答えは全部捨てた。
ここから始まる「りんね」としての本当の物語の扉を、私は最強の味方である真白と一緒に、力強く押し開けた。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **当日** ---
洗練されたオフィスの受付を済ませ、案内された会議室の重い扉を開ける。
緊張で呼吸を忘れそうになっていた私の目に飛び込んできたのは、スカウト担当の社員さんだけではなかった。
「あ、いらっしゃい!待ってたよ」
そこに座っていたのは、STPRの設立者であり、すとぷりのリーダーであるななもりさん、そして各グループを牽引するリーダー陣の姿だった。
画面の向こう側、雲の上の存在だったトップクリエイターたちが、今、目の前で優しく微笑んでいる。あまりのオーラに足がすくみそうになった私の背中を、お兄ちゃんがそっと押してくれた。
「初めまして。七五三掛 恋白です。歌い手の『りんね』として活動しています。こちらは兄の真白です」
「お忙しい中、妹のためにこのような場を設けていただきありがとうございます」
お兄ちゃんは一歩前に出ると、緊張する私を守るように、大人の社会人とも対等に渡り合える落ち着いた声で頭を下げた。
席に着くと、ななもり。さんが穏やかな口調で語りかけてくれた。
「『今はいいんだよ。』も『ロストワンの号哭』も、全部聴かせてもらったよ。本当にすごかった。高校生という若さで、あそこまで感情を剥き出しにして、リアルな息苦しさを叫べる表現力はまさに天才的だと思う。STPRに新しい風を吹かせてくれるって、みんなで確信したんだ」
その言葉に、スカウト担当の方や他のリーダーたちも深く頷く。
「この年齢だからこそ響く叫びが、あの動画には詰まっています。100万人という数字も納得の圧倒的なクオリティです」
プロの大人たちから向けられる、嘘偽りのない大絶賛。
学校では地味で、都合のいい存在として愛想笑いを浮かべ、強がっていた私の歌声が、日本のトップを走るクリエイターたちの心を本気で動かしたんだ。
胸の奥が熱くなり、じわりと涙がにじみそうになる。
だけど、話が具体的な活動環境や、私の今後の生活に及ぶと、お兄ちゃんの目がきりりと引き締まった。
「お言葉、本当に光栄です」とお兄ちゃんは感謝を述べた後、真剣な眼差しで切り出した。
「ただ、妹は『りんね』としての活動に専念するため、先日高校を退学いたしました。これからは私が自宅で勉強を教え、高卒認定の取得を目指します。STPRさんへの所属は本人も私も強く望んでいますが、活動が本格化しても、彼女の心身の健康と、学習のための時間をしっかりと確保できる環境をいただきたいのです」
20歳とは思えないほど、冷静で、論理的で、どこまでも妹想いな提案。
ななもり。さんはお兄ちゃんの言葉を遮ることなく、真摯な態度で最後までじっくりと耳を傾けてくれた。
そして、深く頷いた。
「素晴らしいお兄さんですね。安心してください、STPRはクリエイターファーストの事務所です。恋白さんの学業や健康を犠牲にするようなスケジュールは絶対に組みません。むしろ、お兄さんが家庭教師として支える時間も含めて、僕たちが全力でバックアップします」
ななもりさんのその一言で、会議室の空気が一気に温かいものへと変わった。
お兄ちゃんが私を信じてくれたように、この事務所もまた、私という人間を丸ごと受け入れようとしてくれている。
面談が終わり、オフィスを出て渋谷の街を歩く。
夕方の心地よい風が、火照った頬を優しく撫でた。
「お兄ちゃん、すごかったね……。私、本当にSTPRで頑張れる気がする」
「ああ。良い事務所でよかった。恋白、これからはもう、誰のための愛想笑いもいらない。お前の本当の歌声を、あの場所から世界中に届けておいで」
お兄ちゃんが眩しそうに目を細めて笑う。
作った答えで強がっていた16歳の私は、もうどこにもいない。
最強の家族と、心強い仲間たちに支えられ、私は「りんね」として、本当の未来へと歩き出した。
クリエイターファーストはおもちがなんとなくで思ったことです。本当かどうかはわかりません。ただそんな感じがしたのみです。あくまでフィクションとしてこの先のお話もお楽しみください。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **大ニュース** ---
その日、インターネットとエンタメ界の歴史が、一瞬にして塗り替えられた。
株式会社STPRの公式X、歌い手「りんね」の公式アカウントから、同時に一つの重大発表がポストされた。
『【お知らせ】この度、歌い手「りんね」が株式会社STPRに所属することとなりました。すとぷり、AMPTAKxCOLORS、騎士X、めておら、すにすての後輩として、新たな一歩を踏み出します。今後とも変わらぬご声援をよろしくお願いいたします』
その瞬間の爆発力は、凄まじいものだった。
スマホの画面が、狂ったような速度で通知を刻み始める。
Xのトレンド欄は、1位の「#りんねSTPR所属」を筆頭に、「登録者100万人」「ロストワンの子」「すとぷりの後輩」といった関連ワードで瞬く間に埋め尽くされた。
『マジか!!!あのりんねちゃんがSTPR!?最強すぎる!!』
『すとぷりやAMPTAKの後輩になるの!?コラボが今から楽しみすぎて死ぬ』
『顔出しなしで100万人いったりんねちゃん、ついにプロの世界へ……!おめでとう!』
タイムラインを埋め尽くす、何万、何十万もの祝福と驚愕のコメント。
TikTokやYouTubeのショート動画でも、ファンたちが作ったお祝いの切り抜き動画がミリオン再生を連発し、ネットの世界は完全に「りんね」一色に染まった。
さらに、その熱狂はネットの海だけに留まらなかった。
翌朝、リビングで真白お兄ちゃんがつけたテレビのバラエティ番組。
エンタメニュースのコーナーで、見覚えのある私のアイコンが画面いっぱいに映し出された。
「続いてのニュースです。ネットシーンを揺るがす電撃発表です!圧倒的な歌唱力でチャンネル登録者数100万人を突破した、正体不明の現役高校生歌い手『りんね』さんが、大人気グループ『すとぷり』『AMPTAK×COLORS』などが所属する大手事務所・STPRへの所属を発表しました!」
アナウンサーの弾んだ声と共に、私の『ロストワンの号哭』の歌ってみた動画が地上波で大音量で流れる。
「テレビでもやってる……。お兄ちゃん、これ本当に私、なんだよね?」
ソファの上で膝を抱えながら、私は夢を見ているような心地で画面を見つめていた。
「ああ、本当だよ。すごいな、恋白。もう『知る人ぞ知る』じゃなくて、日本中が注目する大スターだよ」
キッチンから朝食のプレートを運びながら、お兄ちゃんは誇らしそうに、だけどいつもと変わらない優しい眼差しで微笑んでくれた。
かつて私は、学校という小さな教室の中で、嫌われないように愛想笑いを浮かべ、傷つかないように「大丈夫」と強がって生きていた。
自分の居場所なんてどこにもないと思って、作った答えばかりを周りに差し出していた。
だけど今、テレビの向こうでも、スマホの画面の向こうでも、何百万人もの大人が、同世代が、私の歌声に熱狂し、私の未来に期待してくれている。
「……よし、お兄ちゃん。今日も勉強、頑張る」
「あはは、その意気だよ。いくら大ニュースになっても、今日の分の数学は免除されないからね」
真白がクスッと笑って、私の頭を小突く。
外の世界がどれだけお祭り騒ぎでも、この温かいリビングとお兄ちゃんの存在が、私を「七五三掛恋白」という一人の等身大の女の子に引き戻してくれる。
作られた笑顔も、偽りの強がりも、もう必要ない。
私は最高の理解者であるお兄ちゃんに見守られながら、STPRという新しい大きな舞台で、100万人、そしてこれから出会うもっと多くの人たちに向けて、本物の私の歌声を響かせていくんだ。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **圧倒** ---
大ニュースの余韻が冷めやらぬ中、STPRでの私のプロとしての歩みが本格的に始まった。
まだ16歳の私への気遣い、そしてこれから一緒に歩んでいく先輩たちとの絆を深めるため、事務所が特別な時間を用意してくれた。
一週間をかけて、STPRに所属する全5グループの先輩たち全員と、グループごとにじっくり顔合わせを行うことになったのだ。
まだ見ぬ偉大な先輩たちを前に恋白が萎縮してしまわないよう、この一週間もお兄ちゃんがずっと隣に付き添ってくれることになった。
---
**月曜日:すとぷり**
最初の日は、すべての始まりであり、STPRの象徴でもあるすとぷりの先輩方との顔合わせだった。
会議室に入ると、ななもりさんを筆頭に、ジェルさん、さとみさん、ころんさん、るぅとさん、莉犬さんの6人が勢揃いしていた。
「あ、りんねちゃんだ!はじめまして!」
莉犬さんが真っ先に明るい声をかけてくれて、張り詰めていた私の緊張がふっと緩む。
「『ロストワン』のあの高音のシャウト、マジで鳥肌立ったんだけど!どうやったらあんな声出るの?」ところんさんが無邪気に褒めてくれれば、「これからの活動で困ったことがあったら、何でも俺たちに相談しろよ」とさとみさんが頼もしく微笑む。
るぅとさんは「いつか僕の作った曲も歌ってほしいなぁ」と音楽的な話を振ってくださり、ジェルさんはお得意の遠井さん動画の裏話で私とお兄ちゃんを大爆笑させてくれた。
最後にリーダーのななもりさんが「焦らず、自分のペースで楽しんでいこうね」と温かく締めてくださり、トップを走る彼らの器の大きさに、私はただ圧倒され、深く感動していた。
---
**火曜日:AMPTAKxCOLORS**
二日目は、圧倒的な賑やかさとエネルギーを持つAMPTAKxCOLORSの先輩方。
「りんねちゃん、STPRへようこそー!」とあっきぃさんとぷりっつさんがハイテンションで迎えてくれた。
まぜ太さんとあっとさんは「歌にかける熱量、マジでリスペクトしてるわ」「これからよろしく!」と、同じ実力派クリエイターとしての熱い視線を向けてくれる。
ちぐさくんとけちゃさんは「最年した後輩、全力で可愛がるからねー!」と、まるでお姉ちゃんやお兄ちゃんのように私を質問攻めにして和ませてくれた。
学校の派手なグループとは違い、彼らの賑やかさには一切のトゲがない。
私は愛想笑いではなく、心の底から楽しくてずっと笑い声を上げていた。
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**水曜日:騎士X**
三日目は、独特のダークでセクシーな世界観を持つ騎士Xの先輩方。
入る前は一番緊張していたけれど、扉を開けると、ばぁうさん、てるとくん、しゆんさん、タケヤキ翔さんが非常に紳士的に迎えてくれた。
「お前の歌、魂が乗ってて最高にゾクゾクしたわ」とばぁうさんにあの低音ボイスで言われた時は、お兄ちゃんの後ろに隠れてしまいそうになるほど心臓が跳ね上がった。
けれど、てるとくんが「怖がらなくて大丈夫だよ」と優しくフォローしてくれ、しゆんさんとタケヤキ翔さんは、お兄ちゃんと「高校生の活動を大人がどう支えるか」という現実的な話を真剣に交わしてくれた。
彼らのプロとしてのストイックな姿勢に、胸が引き締まる思いだった。
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**木曜日:めておら**
四日目は、新進気鋭のめておらの先輩方。
「りんねちゃんよろしくね! あ、俺は、心音!このグループのリーダー!《《しおん》》ね??ここねとかじゃないからね!」と、挨拶一番で心音さんが全力の自己紹介をしてくれて、会議室は一気に和やかな空気に包まれた。
ロゼさんと明雷らいとさんは「同世代のすごい子が来てくれて刺激になるわ!」と目を輝かせ、Lapisさん、メルトさん、みかささんの3人も「YouTubeの編集どうやってるの?」と等身大のクリエイターとして気さくに話しかけてくれた。
STPRでの活動歴の近い人が多い先輩たちということもあり、一番「仲間」としての親近感が湧いた一日だった。
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**金曜日:すにすて**
そして最終日は、同じく勢いのあるすにすての先輩方。
らおさん、ゆたさん、たちばなさん、だいきりさん、にしきさん、やなとさん、おさでいさんの7人が、温かい拍手で私とお兄ちゃんを迎えてくれた。
「100万人達成、本当に尊敬します!」と、謙虚ながらも真っ直ぐな言葉をかけてくれた彼ら。
動画の魅せ方や、これからのグループと個人活動のバランスについてなど、お互いにこれからのSTPRを盛り上げていく同志として、一番未来にワクワクするような作戦会議ができた時間だった。
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一週間におよぶ顔合わせがすべて終わった金曜日の夜。
自宅のリビングで、私はお兄ちゃんが淹れてくれたココアを飲みながら、深く息を吐き出した。
「お疲れ様、恋白。一週間、大物ばかりで緊張しただろ?」
「うん……すっごく緊張した。でもね、お兄ちゃん」
私はココアのカップを両手で包み込みながら、真っ直ぐにお兄ちゃんを見つめた。
「誰も私に、都合のいい答えを求めてこなかった。みんな、私の歌声を、私の本音を、ちゃんと『りんね』として、一人の人間として見てくれたの。私、本当にこの事務所に来てよかった」
学校で傷つかないために着ていた強がりの鎧も、嫌われないための愛想笑いも、この一週間で完全に必要なくなった。
私には、こんなにも温かくて心強い、総勢30人以上のプロの先輩たちがついている。
「よかった。さあ、明日からはまた俺のスパルタ授業と、新曲の準備だよ」
「あはは!もちろん。お兄ちゃん先生、これからもよろしくね」
私はお兄ちゃんに、どこにも嘘のない、16歳の女の子としての本物の笑顔を向けた。
偉大な先輩たちの背中を追いかけながら、七五三掛恋白――歌い手「りんね」の、本当の快進撃がここから幕を開ける。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **食べ歩きツアー** ---
STPRへの所属発表から数日後、STPR Family全員が集結した初の公式生配信が行われた。
すとぷり、AMPTAKxCOLORS、騎士A、めておら、すにすて、そして最年した後輩の私。
総勢30人超えの超大型配信は、同時視聴者数が数十万人を超える伝説の夜となった。
先輩たちが「りんね、いらっしゃい!」「みんなで全力で応援するからね!」と次々に温かい言葉をかけてくれる中、私はもう学校のときのような愛想笑いではなく、心の底からの感謝と喜びをリスナーに届けることができた。
お兄ちゃんも画面の裏で、本当に嬉しそうにその様子を見守ってくれていた。
その大成功を収めた配信の、まさに翌日のこと。
ななもりさんの発案で、私の歓迎と配信の大成功を兼ねた「恋白の打ち上げパーティー」が開催されることになった。
もちろん、私の唯一の家族であり、これまで私を支え続けてくれた真白お兄ちゃんも特別に招待されている。
午前中は、私の大好きなものを巡る食べ歩きツアーから始まった。
秋葉原や浅草の街を、顔を隠した先輩たちと私、そしてお兄ちゃんで賑やかに歩く。
「りんねちゃん、これ美味しいよ! はい、あーん!」
AMPTAKのあっきぃさんとぷりっつさんが、焼き立てのみたらし団子を差し出してくる。
「あ、ありがとうございます! すっごく美味しい……!」
「お、いいね。じゃあ次はあっちのクレープ行こ!」と、すにすてのメンバーたちも大はしゃぎだ。
すとぷりの莉犬さんやるぅとさんは、私がお腹を壊さないように「ゆっくり食べてね」と優しくお茶を渡してくれ、めておらの心音さんは「俺の分まで食べていいからね!」と相変わらずのハイテンションで場を盛り上げてくれる。
お兄ちゃんは、トップクリエイターの先輩たちが私を本当の妹のように可愛がってくれている姿を見て、安心したように目を細めていた。
お昼過ぎに一度オフィスに戻って十分な休憩を挟んだ後、夜はいよいよ本番の高級焼肉屋さんでの打ち上げが始まった。
貸し切られた大きなお部屋のロースターで、お肉がジューシーな音を立てて焼けていく。
「恋白、ほら、大好きな牛タン焼けたぞ」
お兄ちゃんが私のお皿にお肉を乗せてくれる。
「りんねちゃん、本当におめでとう。これから一緒にSTPRを盛り上げていこうね」
騎士Xのばぁうさんやしゆんさんがコーラで乾杯をしてくれる。
プロの先輩たちに囲まれ、美味しいお肉を口いっぱいに頬張りながら、私はこれ以上ない幸せを噛みしめていた。
もう、傷つかないために強がる必要なんて、この温かい世界にはどこにもなかった。
そんな宴もたけなわの頃、ななもりさんがふと手帳を見ながら、私とお兄ちゃんに微笑みかけた。
「そういえば恋白さん、もうすぐ誕生日だよね?1月12日。STPRに所属して初めて迎える誕生日だから、何か特別なバースデー企画、一緒に仕掛けたいね」
その言葉に、焼肉を食べていた先輩たちが一斉に目を輝かせた。
「えっ!1月12日なの!?もうすぐじゃん!」
「いいね、誕生日記念のオリジナル曲とか、限定グッズとか作っちゃう?」
「俺たちも全力でお祝い動画あげるわ!」
先輩たちの温かい言葉が飛び交う中、私はお隣に座るお兄ちゃんと顔を見合わせた。
これまでは、親を亡くしてから二人きりで、静かにささやかにお祝いしてきた1月12日。
だけど16歳から17歳になる今年の誕生日は、世界で一番大好きなお兄ちゃんと、ここにいる30人以上の最高の先輩たち、そして100万人を超えるリスナーのみんなに祝福される、人生で一番特別な日になろうとしていた。
作った答えは強がることと愛想笑いで。
--- **初配信** ---
焼肉屋での打ち上げから数日後、私の17歳の誕生日である1月12日に向けて、STPRの総力を挙げた巨大なバースデープロジェクトが動き出した。
その中核となるのが、すとぷりのるぅとさんプロデュースによる、私にとって初の「誕生日記念オリジナル曲」の制作だった。
「りんねちゃんのこれまでの葛藤も、これからの希望も、全部詰め込んだ最高の曲にしよう!」
STPRのスタジオで、るぅとさんは優しく微笑みながら、いくつものメロディの欠片を聴かせてくれた。
学校で愛想笑いを浮かべ、強がっていた「七五三掛恋白」の過去。
そして、お兄ちゃんやSTPRの先輩たちに救われ、本音で歌えるようになった「りんね」の現在。
るぅとさんの作る繊細で力強いメロディに、私は自分の言葉で紡いだ歌詞を乗せていく。
昼間はお兄ちゃんに勉強を教えてもらい、夜は歌詞を練り上げる、目まぐるしくも充実した毎日が続いた。
そしてもう一つ、誕生日当日に向けたとんでもない企画が決定した。
1月12日の誕生日に、初の「りんね・誕生日記念V体生配信」に挑戦することになったのだ。
顔出しをしていない私にとって、V体はリスナーのみんなにリアルタイムの動きを届けるための大切な身体になる。
STPRの技術スタッフさんたちが、私のために最高に可愛い2Dモデルを仕立ててくれることになった。
「動きのテストをするから、りんねちゃん、ちょっと自由に動いてみて」
スタジオでモーションキャプチャーの機材をつけられた私は、緊張のあまり、逆に身体が変な動きをしてしまった。
「う、うん……?りんねちゃん、なんか、思ってたより……すごく動くね?」
スタッフさんが画面を見ながら目を丸くする。
そして迎えた1月12日、誕生日当日の夜。
オリジナル曲『タイトル未定』のMVがプレミア公開され、その直後に始まった「V体お披露目生配信」。
画面の裏では、真白お兄ちゃんと、すとぷりのななもりさんたちがハラハラしながら見守ってくれていた。
「――みんな、こんばんは!STPR所属、歌い手の『りんね』です!今日で17歳になりました!」
配信が始まった瞬間、リスナーの前に現れた「りんね」のV体は、これまでのSTPR Familyの誰のV体よりも、凄まじい躍動感で動き出した。
私が嬉しくて笑うと、V体の目がこれ以上ないくらい細くなり、口が大きく開く。
驚けば目が漫画のように丸くなり、ちょっと照れると顔が真っ赤に染まる。
最新の技術とスタッフさんのこだわりによって、私の豊かな(というか激しすぎる)喜怒哀楽が、完璧に画面の向こうへと同期されていた。
『待って、りんねちゃんのV体、めっちゃ表情豊かで可愛い!!!』
『どのFamilyのV体よりも顔が動くじゃんwww生きてる質感がすごい!』
『歌声のクールなイメージとギャップありすぎて最高なんだけど!!』
リスナーは大喜びでコメント欄を爆速で埋めていく。
だけど、配信が進むにつれて、もう一つの「私の本性」がリスナーにバレていくことになった。
「あ、スパルタお兄ちゃんから……じゃなくて、お兄ちゃんからのプレゼントはね!あ、でもその前に、るぅとさんの曲の話したっけ!?ええと、あの、コメント早すぎて読めない!待って待って!」
私は嬉しさと緊張でテンションが爆上がりし、手振りを交えながら、画面の中で右へ左へと小刻みに動き回っていた。
落ち着きがなさすぎて、V体の髪やリボンがずっと激しく揺れている。
『りんねちゃん、めっちゃ落ち着きがないことが発覚wwww』
『ずっとちょこまか動いてるの小動物みたいで愛おしいんだが』
『ロストワンであんなに格好よく叫んでた人と同一人物ですか?ww』
「ち、違うの!普段はもっと大人しいんです!学校でも地味って言われてたし……あ、学校はもう辞めたんだけど!うわあああ、お兄ちゃん助けてー!」
画面の端で、お兄ちゃんが「あちゃー」という顔をしておでこを押さえているのが見えて、私はさらに顔を真っ赤にしてジタバタした。
かつて学校の教室で、誰にも嫌われないように愛想笑いを貼り付け、クールに強がっていた私は、そこにはもういなかった。
落ち着きがなくて、表情がうるさいくらいに変わる、これが作られていない、17歳になったばかりの「七五三掛恋白」の本当の姿。
「みんな、たくさん笑って、たくさんお祝いしてくれてありがとう。17歳のりんねも、全力で本音を歌っていくから、ついてきてね!」
画面の中で最高に輝く笑顔を浮かべる私に、100万人を超えるリスナーからの「おめでとう」の弾幕と、お兄ちゃんからの温かい拍手が、いつまでも降り注いでいた。