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東京で過ごし始めて7日が経った。
僕と華菜は今、華菜の父親である駿さんに「大事な話がある」と呼び出されて、リビングで駿さんと向かい合っている。駿さんが言う"大事な話"が何のことかは、ある程度見当はついている。
隣に座る華菜は緊張しているようで、体が強張っていた。その表情も少し硬いように見える。
僕が華菜を安心させるように手を握ってあげると、僅かに表情が和らいだ。
駿さんは、下唇を湿らせてから口を開いた。
「華菜、結さん。これからのことについて話し合おう。今、大丈夫? 話せる?」
「うん、大丈夫」
華菜が答えた後、駿さんは僕の方に視線を動かした。僕は駿さんの目を見て、しっかりと頷く。
「これから…そうだな。初日にも言ったけど、俺は、ここで華菜と一緒に暮らしたいと思ってる。‥‥でも俺の気持ちじゃなくて、華菜の希望を最優先にしたいって考えてる。‥‥華菜はこれからどうしたいか、改めて教えてくれるか?」
駿さんの言葉を聞いた瞬間、僕の心臓は強く脈打った。
話の内容は予想通りのものだったので、驚きはしなかった。
だけど…。
あの日、ここに来た最初の日。華菜と駿さんは2人で同じことを話していた。駿さんが同じようなことを華菜に尋ねて、華菜が答えようとした。
僕は、…華菜の答えを聞く前に逃げだした。
華菜の返事を聞くのが怖かったのだ。もし、ここで暮らすことになれば、華菜とは離れ離れになってしまう。僕の日常から、華菜の笑顔が消えてしまう。そんな未来を想像するだけで大きな不安に飲み込まれそうになった。
だけど今の僕はあの日とは違う。華菜の答えがどんなものでも、僕はちゃんと受け入れる。その覚悟をしたうえで僕はこの時間に臨んでいた。
駿さんの顔を真剣な表情で見つめる華菜の横顔を一瞬だけ見て、僕は前を向いた。
「私は…」
華菜は一度深く呼吸をして、再び言葉を紡ぎだす。
「私は、結とずっと一緒にいたい。ずっと結の傍にいたい。だけど、……お母さんとは一緒に暮らせない。一緒にいたくない。だからお父さん、わがままかもしれないけどお願いしたいの。……向こうで一緒に暮らしてください。私を守ってください」
華菜はそのまま深く頭を下げた。
華菜の答えに僕の涙腺は崩壊しそうになったけれど、下唇を強く噛んでなんとか涙を堪え、僕は勢いよく頭を下げた。華菜の願いが叶うように、ただそれだけを祈りながら。
頭を下げた先で、駿さんが息を吐きだす音が聞こえた。直後、駿さんは「ふっ」と短く笑った。
「顔上げて」
駿さんにそう言われ、華菜と僕は同時に顔を上げる。僕たちの前に座る駿さんは、呆れたような、それでいて少し嬉しそうな、そんな笑顔を浮かべていた。
「しょうがないなぁ。‥‥わかった。俺も向こうに行くよ。そしてちゃんと華凛と話す。ふっ、華菜は結さんのことが大好きなんだな。ふはっ! 結さん泣いてるし。いいなぁ、若者は!」
「え? …ほんとだ、結泣いてる!」
2人に言われて、僕はようやく自分が泣いていることに気付いた。いつの間にか、堪えていたはずの涙が溢れ出してしまったようだ。
自分の顔が熱くなっていくのを感じる。きっと恥ずかしさで顔が真っ赤になっているだろう。
華菜はそんな僕を見て、太陽のように明るく笑った。華菜が心の底から笑っているところを見たのは久しぶりな気がする。華菜の笑顔は、やっぱり何よりも愛おしかった。
「でも、家はどうするんですか?」
僕が気になったことを口にすると、駿さんは「大丈夫だよ」と言って微笑んだ。
「華凛と別れた後、しばらくは向こうに住んでたんだ。その時の家を一応残しといたからそこに住むよ」
「そうだったんだ!? 出て行ってから一回も連絡くれなかったくせに!!」
「ごめんって!」
そう言ってじゃれあう2人の様子を眺めながら、僕は「ここに来てよかった」と感じていた。
僕たちは明日の夕方、ここを出ることになった。
駿さんは飛行機のチケットを取ってくれただけでなく、「感謝の気持ちだよ」と言って行きの飛行機代も僕に渡してきた。僕は最初は遠慮したが、駿さんの押しに負けて渋々受け取った。
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「昨日寝る前にふと思ったんだけどさ、…2人って付き合ってる?」
朝食を食べているときに聞こえてきた駿さんの台詞に、僕は口に含んだお茶を見事に吹き出した。ごめんなさいを連呼しながら机の上を拭いていると、隣に座る華菜の口からさらに衝撃の言葉が飛び出す。
「うん、付き合ってるよ」
「え!? いっ、ちゃうん、だ…」
「あはっ! いや、結がお茶を吹き出したせいで思いっきりバレちゃったからね」
「…確かに」
僕は派手に反応してしまったことを後悔しながらも、「言っちゃってもいいか」と思っていた。隠れてコソコソ付き合っていくのは良い気分じゃないだろうし。
「まぁ、華菜にも特別な人ができて良かったよ。結さん、華菜をよろしくね」
「あ…こちらこそ」
「はい、早く食べて! 2時に出るんでしょ? もう10時ですよ~!」
華菜が食器を片付けて2階へと向かう後ろ姿を見送りながら、荷物を全く片付けていなかったことに気付いて、僕は慌てて残っていたご飯をかきこんで席を立った。
部屋に戻って着替えなどの荷物をキャリーバッグに詰め込む。
終わったころには陽が高く昇っていて、時間を確認すると12時になっていた。
外出用の服に着替えて、洗面所で歯を磨いて髪をセットする。諸々の準備を終えてからは小説を読んで時間をつぶした。
家を出てからは公共交通機関で空港に移動した。駿さんの車は、東京に戻ってくるまでは友人に貸すことにしたそうで、昨日のうちに友人の家に移動させたらしい。
羽田空港で帰りの飛行機に乗り込む。華菜と駿さんは席につくなり映画を見始めた。僕も誘われたけれど、父娘2人の時間を少しでも確保してほしかったし、睡魔が襲ってきていたので断った。
華菜と駿さんはすごく幸せそうで、僕は安心感でいっぱいになりながらその様子を見守っていた。