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1月も半ばに差し掛かった頃。
久しぶりにお母さんから連絡がきた。
ちゃんと話し合って和解しよう、という内容の長文のメッセージ。
それを見て恐怖心を抱かなかったと言ったら噓になる。だけど冷静になって考えると、ここまで育ててきてくれたお母さんと絶縁状態が続くのは、やっぱり嫌だった。できることならしっかり思いをぶつけて話し合いたい。そういう気持ちで、私はお父さんに内緒でお母さんに返事をした。
「わかった、ちゃんと話そう」>
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お母さんから連絡がきた日の3日後、私は最近までお母さんと2人で暮らしていた家の前に立っていた。
今、私の心は不安と恐怖でいっぱいになっている。緊張しすぎて吐いてしまいそうだ。
私は3度ゆっくり息をした後、意を決して目の前のインターホンを押した。
すぐに機械越しのくぐもった声が聞こえ、私は「華菜です」と短く答える。私の声は、その一言だけでわかるくらいに震えている。
数秒待つと、家の中から足音が聞こえてきて、玄関の扉が開いた。お母さんが顔をのぞかせ、私を笑顔で迎え入れてくれる。家の中は前と変わらず、いい匂いで満たされていた。
「華菜、久しぶり」
リビングで私と向かい合って席につくと、お母さんは小さな声でそう言った。
「久しぶり。さっそく本題に入ろう。お父さんに内緒で来てるからあんまり長くはいられないんだ」
「そっか。……うん、そうだね」
部屋の中が沈黙で満たされる。私もお母さんも、相手が話しだすのを待っている。
少しの音も聞こえない静かな時間に耐えられなくなった私は、唾を飲み込んでから口を開いた。
「お母さん。私は、お母さんと一緒に暮らすつもりはない。でもね、もう会いたくないってわけじゃなくて、その‥‥月に一回とかで会って話すくらいは、いいかなって」
私が自分の考えを伝えると、お母さんは目を潤ませて、僅かに頬を緩めた。
「うん。ほんとはね、会っちゃダメなんだ。メッセージを送った後も、何回も「やっぱり大丈夫」って言おうとした。だけど、華菜の優しさに甘えてここまで来ちゃった。……だから私は、何も言わない。華菜の気持ちを優先する」
穏やかな表情で私を見つめるお母さん。もう二度とこんな顔を見ることはないと思っていたから、前みたいに話すことができて良かったと思う。
「じゃあ、これから会うってことをお父さんに話して、また連絡するね」
私はそう言うとバッグを持って立ち上がろうとする。
するとお母さんは、勢いよく身を乗り出して私の腕を掴んできた。力が強くてすごく痛い。お母さんは、般若のような顔で私の方を見ている。私の心は一気に恐怖で支配された。
「お母さん…はなしてっ」
「なんでいちいちあの人に言わないといけないの!? 私が華菜と会うことを止める権利があの人にある? ないよね!?」
私の腕を掴む手の力がどんどん強くなっていく。痛みで涙が浮かび、視界が歪む。
お母さんは私の方にじりじりと迫ってきて、私は後退りをする。私が一歩下がれば、お母さんは一歩前に進む。
ドンッと音がして、背中が壁にぶつかった。ついに私は、壁際まで追い詰められてしまった。
「やめてよっ!」
「華菜まで私を捨てるのね? 結局はあの人の方が好きなんだ!? ああああああああ!」
ボコッという鈍い音が聞こえた。同時に頬を激しい痛みが襲う。私はその場に倒れこんだ。
顔を上げてお母さんを見ると、目の前には、鬼が、いた。
恐怖にさらされ続けたあの頃、毎日見ていた憎悪の塊。お母さんだけど、お母さんではない何か。
お腹を蹴られ、ゴホッと唾液を吐いた。
お母さんが馬乗りになってきて、私の顔を殴り続ける。口の中に血の味が広がる。
何度も何度も殴られて、痛みという感覚がなくなってきた頃。お母さんは私の首に手を当てた。そのままその手に力を入れる。首が苦しくなって、一気に呼吸ができなくなる。ギュッと瞼を閉じる。だんだんと意識が遠のいていく。
このままじゃ、殺される……
「おと、さ…」
その時、首に当てられていた手が消えた。私は涙を浮かべて咳き込んだ。
「華菜! 大丈夫か!?」
誰かの、しっかりとした太い腕で体を支えられる。
視線を少し上に向けると、滲む視界の中で、目を見開いて私を見つめるお父さんの顔が見えた。
「お父さん…?」
「よかった…。とりあえず帰るぞ! 立てるか!?」
「うん…」
私はお父さんに支えてもらいながら立ち上がって、リビングを出た。
「待ってよ! 華菜は私を選んでくれたの! 連れて行かないで!」
お母さんが慌てた様子で追いかけてきて、お父さんの腕に縋りつく。お父さんはお母さんを睨みつけ、「うるさい!」と言って突き飛ばした。
お父さんの車に乗って、家まで戻ってきた。お父さんに手を引かれて自室へと連れられる。ベッドに寝かされてお父さんの方を見ると、心配そうに眉を下げているお父さんと目が合った。
「なんで華凛のところに行ったんだ?」
「‥‥ごめんなさい」
「怒ってるんじゃない。何があったのか聞きたいだけだよ」
そう言ってお父さんが私の頭を撫でてくれる。私はゆっくりと、事の次第を話し始めた。
「そうか。‥‥もう連絡が来ても返事するな。それでもまた何かあったらちゃんと相談しろ」
「はい…」
私が目を伏せて答えると、お父さんは少し笑った。
「もういいから。とにかく、無事でよかった」
そう言い残してお父さんは部屋を出て行った。
私はひどく疲れていて、意識が遠のくのに身を任せて瞼を閉じた。
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目が覚めたときには、すでに窓の外は暗くなっていた。
私は枕元のスマホを手に取って結に電話をかけた。結はすぐに出てくれた。
「はい、もしもし」
電話越しの、落ち着いた結の声を聞いたら、涙が溢れ出してきた。何度目を拭っても涙は全然止まらない。電話の奥から結の慌てたような声が聞こえてきて、私は思わず「ふふっ」と笑った。
「華菜、大丈夫? なんかあった?」
「うん。まぁちょっと、ね…」
私は言葉に詰まりながらも、ゆっくりと、少しずつ、今日の出来事を結に伝えた。
「……そんなことがあったんだね。怪我は大丈夫? やっぱり痛い?」
結にそう聞かれて、お母さんに殴られた頬を触る。だいぶ腫れていて鋭い痛みが走った。
「痛い…。腫れててひどい顔になってるから、学校は行けないかな。ごめんね、結」
「全然大丈夫。僕がそっちに行くよ。‥‥あ、変な意味じゃなくて! あの、その、授業のノートとか配布物とかを届けるために!」
私は何も言っていないのに、勝手に言い訳を始めた結が可愛くて、笑みがこぼれる。
それから少しだけ結と話して、「おやすみ」と言って電話を切った。
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それからは、結が家に来てくれるようになった。結は最初、私の顔を見て目を見開いていた。でもすぐに「痛いよね…」と言って心配してくれた。やっぱり結はずっと変わらずどこまでも優しい。
家庭のことを何も話していない奈桜と英美ちゃんには、体調不良でしばらく休むと伝えた。嘘をつくのは心が痛んだが、無駄に心配をかけるのは嫌だったので仕方がないと諦めた。
怪我が早く治ることを願いながら、私は毎日笑って過ごした。