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2月に入り、2年生ももう残り2か月を切った。クラスの陽キャたちはバレンタインについての話で盛り上がっている。そのイベントの良さが、僕には全く理解できない。
華菜が学校に来なくなってからは、僕と英美、そして南奈桜の3人で過ごすことが多くなった。
恋人どうしの2人と一緒にいるのは色々と気を使ってしまうのだが、それでも1人でいるときよりも楽しかった。華菜が隣にいないのはやっぱり寂しかったけど。
僕が1人、いつも通り屋上で昼食を食べていると、後ろのドアが開く音がした。僕は心からの笑顔を浮かべて後ろを振り返る。そこには、晴れやかな笑顔で僕の方に向かって歩いてくる華菜がいた。
華菜は今日、やっと学校生活に復帰した。朝メッセージが届いたときには飛び上がって喜んだし、英美に「昼食を一緒に食べよう」と誘われたのをわざわざ断って1人でここに来た。
「結! ごめん、待った?」
「ううん、全然待ってないよ。今来たところ」
「あははっ。これ普通デートでするよね」
「そうだね」
隣に並んで一緒に昼食を食べる。僕は購買の焼きそばパンで、華菜は駿さんお手製の弁当だ。
あんなにかっこよくて優しいのに、料理もうまいなんてずる過ぎる。
僕がそんなことを悶々と考えていると、ズボンのポケットでスマホが振動した。
ポケットから取り出して画面を開くと、一件のメッセージが目に入る。
そのメッセージを読んで内容を理解したときには、僕はすでに走り出していた。後ろで華菜が何か言っているが、僕はそれすらも無視して屋内に戻って階段を駆け下りる。
全力で走り続けて辿り着いたのは体育倉庫。
砂埃で汚れた扉をそっと開け、恐る恐る中に入る。倉庫の中は薄暗く、様子を窺うことはできない。じっと暗闇を見つめて耳を澄ませていると、後ろから足音がした。
ばっと勢いよく振り返る。
そこには、外から差し込む光の中で、気持ち悪い笑みを浮かべる元カレ──翔馬がいた。
恐怖で速くなっている心臓の鼓動を隠すように、僕は翔馬を睨みつけた。
「これ、なに?」
翔馬は「ふっ」と短く笑って口を開く。
「なにって、そのまんま。結がここに来なかったら可愛い恋人さんを奪うつもりだったよ。結、恋人を守るなんてかっこいいなぁ。‥‥らしくねぇけどな」
一瞬で近づいてきた翔馬に突き飛ばされ、僕は尻餅をついた。お尻に鈍い痛みが広がっていく。
「なんなの? 僕たちもう終わったんだよ? 最近何回もメッセージ送ってきてさ。しつこいよ」
「あ?」
翔馬は低い声を出した。聞いたことのない声に、一気に後悔と恐怖に襲われる。
「恋人さんは奪わねぇけど…」
翔馬は僕を押し倒し、僕の耳元で囁いた。
「お前は奪う」
そのままキスをされそうになって、僕は翔馬を突き飛ばした。後ろに倒れこんだ翔馬が立ち上がる前に逃げようと、僕は慌てて立ち上がってドアへと走る。
だけど、いつの間にかドアの鍵が閉められていて、なかなか開けられない。
僕が手こずっていると、翔馬が近づいてくる気配がした。後ろを振り向くと、勢いよく顔面を殴られた。その勢いで僕は横に倒れこむ。
最初と同じような気持ち悪い笑みを浮かべて、翔馬が近づいてくる。
誰か助けて…
と、その時。
体育倉庫のドアが開け放たれて、倉庫内が明るい光に照らされた。その光の中には、3つの影が浮かんでいる。ゆっくり視線を上にあげていくと、華菜と英美、南奈桜が立っているのが見えた。3人とも怒っているようで、見たこともないくらいに険しい顔をしている。
そこからは、あっという間だった。
翔馬は華菜にボコボコにされ、半泣きで外に出て行った。僕は隅の方で固まってその光景を眺めていた。放心状態で、どこか遠くの出来事のように感じていた。
「結…!」
華菜は僕の名前を呼んで、僕を力強く抱きしめる。
華菜に抱きしめられて安心したのか、僕の目からはとめどなく涙が溢れ出した。声を上げて泣く僕を、華菜は「大丈夫」と言いながら抱きしめ続けてくれた。
僕は華菜といるとどうしても彼氏側に立ってしまう。いつしか弱いところを見せられなくなって、いつもどこかで我慢していた。
今も醜態を晒している気もするが、僕はもう諦めた。僕だって女の子だし、そもそも人間だ。弱い部分の1つや2つあっても何もおかしくない。
気が済むまで泣いた後、僕は3人に連れられて保健室に移動した。
僕たちを見て、春吉先生はとても驚いていた。僕が怪我をしていることに対してなのか、僕たちが4人でいることに対してなのか。おそらくどっちもだろう、と僕は思った。
春吉先生に手当をしてもらい、しばらく保健室で過ごすことになった。なぜか華菜たちも一緒に。
「結が急に走り出したからびっくりしたよ。追いかけて良かったけど、‥‥あの人だれ?」
「えっと…。あの人は元カレ、です。1年前くらいに別れたんだけど、最近メッセージを送ってくるようになって。あの時は、華菜を…奪うって……うぅ」
「大丈夫。私はここにいるよ」
華菜は僕の手を握って優しい微笑みを向けてくれる。
「あの人って翔馬だよね。ほんとなんなの? 私、結が傷つけられるとか耐えられないんだけど!」
そう言ってぷんぷん怒っている英美を、南奈桜が「はいはい」と言って宥めている。
「‥‥でも、なんで英美たちまで?」
「ん? 結を探してるときに偶然会って。事情を話したらついてきてくれたの。奈桜までね。ふふっ」
「そ、それは! 英美が行くっていうから…」
「はいはい」
隣で楽しそうに笑っている華菜。
僕は、華菜が隣にいれば、何があっても笑っていられる気がした。
ずっと、生きていける気がした。
「ずっと」なんて、あるはずないのに。