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12月1日の朝。
学校の最寄り駅の改札前は、会社へと向かうサラリーマンや、馴染みのある制服に身を包んだ学生たちでごった返している。
僕は壁際に寄って、英美とメッセージのやり取りをしていた。
「今日、学校休むね」>
<「え? 急にどうした? 体調悪いとか?」
「ううん、ちょっと家の用事で」>
最後に英美からスタンプが送られてきたのを確認して、僕はスマホの電源を切った。
腕時計で時間を確認する。時計の針は8時30分を指していた。
集合時間は8時なので、夕月華菜は30分遅れていることになる。どうしたのだろうか。
僕の心が不安で覆われていっていたとき、人混みの中から、キャリーバッグを引いた夕月華菜が現れた。
「ごめ~ん、遅くなった!」
「全然大丈夫。……その怪我どうしたの?」
僕は夕月華菜の顔を指さして尋ねた。夕月華菜の口の端が切れていて血が滲んでいたのだ。
「あー、大丈夫だよ。家出るときに喧嘩しちゃって」
「‥‥そっか」
絶対に大丈夫ではないとは思うが、無事に家を出られたのであれば心配する必要はないだろう。
僕は夕月華菜の手を引いて、空港へと向かう電車に乗った。
夕月華菜は何度もかかってくる電話を煩わしそうにしている。たぶん母親からだろう。僕が「電源切っちゃえば?」と言うと、「お父さんと連絡が取れなくなっちゃうからね」といって曖昧に微笑んだ。
十分程度で空港に着き、電車を降りた。そのまま人の波に乗って搭乗口へと向かう。
僕はあまり空港に来たことがないため、すぐに迷ってしまう。そんな僕を見た夕月華菜は僕の手を引いてぐんぐん進んでいく。僕は黙って夕月華菜の後を追う。あっという間に目的の場所についてしまった。
腕時計で時間を確認すると、今は9時30分だった。すでに搭乗は始まっていて、僕たちも列に並んだ。
「は~。ここに来るまでで疲れたよ」
「もう? 早いよ~!」
夕月華菜に笑われて、僕も思わず頬を緩める。夕月華菜と一緒にいると、不思議と安心して自然に笑うことができる。僕は夕月華菜を友人というもの以上に大切に思っていることに気付いた。
「結、一緒に来てくれてありがとう。学校サボらせてごめんね」
飛行機が離陸してしばらくすると、夕月華菜が眉を下げて申し訳なさそうにそう言ってきた。
僕は夕月華菜を安心させるために、優しい声を意識して答える。
「いいよ。それに僕、学校嫌いだし。逆にサボらせてくれてありがとう」
「あははっ、何それ!」
「それに、僕よりも南さんとか英美に謝らないと」
「あ、確かに!」
隣で話す夕月華菜はいつも通りの明るい笑顔を浮かべている。僕はそれを見て心から安堵する。
安心したら眠くなってきて、外を眺めながらゆっくりと瞼を閉じた。
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アナウンスの声で僕は目を覚ました。時間を確認すると、昼の1時になっていた。機内では、東京に到着したことを知らせるアナウンスが響いている。周りの人たちは続々と席を立ち、荷物を持って飛行機を降りていく。
隣を見ると、夕月華菜はすぅすぅと寝息を立てていた。
僕は名前を呼びながら夕月華菜の肩を揺らす。何度やってもなかなか起きない。
僕は仕方なく夕月華菜の分の荷物も片付け、2人分のリュックを持った。
そこでようやく目を覚ました夕月華菜は、僕を見ると目を細めた。
「結さ~ん」
「着いたから降りるよー、荷物は持っていくから先に降りてー」
「は~い」
「つーいたー!」
すっかり元気になった夕月華菜は、羽田空港から外に出ると、思い切り伸びをする。
夕月華菜は後ろを振り向くと、羽田空港の人の多さに飲まれて倒れかけながら何とかここまで来た僕を見て、大きな声で笑った。
「あはははっ! なんでそんなにフラフラしてんの! ほら行くよー!」
「笑うなぁ‥‥行くってどこに?」
「うーん…お父さんが迎えに来てるはずなんだけどなぁ‥‥あ、いた!」
夕月華菜が指さした先を見ると、一台の青い車がとまっていた。その前には1人の男性が立っている。おそらくあの人が夕月華菜の父親だろう。
僕は走り出した夕月華菜の後を追いかけた。夕月華菜は男性に抱きついている。僕が2人のもとに近づくと、小さくすすり泣く声が聞こえた。ここまで笑顔だったが、本当はずっと不安で苦しかったんだろう。僕は守ってくれる大人のもとに辿り着いた安心感でため息を吐いた。
夕月華菜が泣き止むと、男性が微笑んで僕に声をかけてきた。その笑顔は夕月華菜にそっくりだった。
「華菜と一緒に来てくれてありがとう。君が有栖結さん、で合ってる?」
「はい。初めまして、有栖結です」
「初めまして、華菜の父親の夕月駿です。よろしくね」
父親──駿さんは、笑顔も話し方も全部優しい。包み込まれるような安心感があった。
「とりあえず家に行こうか」
そう言って僕と夕月華菜を車の後部座席に乗せて、出発した。
数分で大きな一軒家に到着し、家の中に案内された。
家の中は全体的に広く、リビングはモノトーンで揃えられていてとてもおしゃれだった。
僕が使っていいと案内された寝室には、大きなベッドがあった。大人2人で寝ても余裕があるくらいだ。
僕が荷物を片付け終えて1階へと戻ろうとすると、リビングから夕月華菜と駿さんの話し声が聞こえてきた。
どうやら夕月華菜が今まであったことを駿さんに話しているようだ。言葉に詰まる夕月華菜を慰める駿さんの声も聞こえる。
「‥‥そっか、辛かったな。ごめんな、気付いてやれなくて」
「ううん。今日ここに来れただけでよかった」
しばらく間があり、駿さんの真剣な声が聞こえた。
「華菜。これからはお父さんと暮らさないか? 近くには今すぐに転校できる高校もあるし。どう、かな…?」
「それは…」
僕はそこで、慌てて2階へと戻った。
駿さんの提案に対する夕月華菜の返事を聞くのが怖かった。
夕月華菜がここで暮らすことになると、当然、簡単には会うことができなくなる。僕の毎日から夕月華菜がいなくなることを想像すると、すごく不安になった。元の生活に戻るだけなのになぜか、それだけは嫌だった。
「僕、夕月さんを…」
そう呟いたところで、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。はい、と返事をすると、扉が開いて夕月華菜が顔を出した。夕月華菜は晴れやかな笑顔を浮かべている。
「結さん、ちょっとお父さんと出かけてくるからゆっくりしてて」
「あ、うん、わかった」
僕が答えると夕月華菜は戻っていった。ドアの奥からは鼻歌が聞こえてくる。
鼻歌が聞こえなくなったとき、僕は、自分の心臓がありえないくらいに速く動いていることに気付いた。思い出した夕月華菜の笑顔が、とてつもなく愛おしくて‥‥
「はぁ~」
僕は、どうしようもないくらいに夕月華菜のことを好きになっていた。
夕月華菜の笑顔が、あの明るさが、何よりも大好きで。ずっと傍にいたくて、いてほしくて。僕だけのものになってほしくて。離れるなんて絶対に嫌で。
経験したことのない自分の気持ちに戸惑いながら、スマホの電源を入れた。スマホはすぐに起動して、たくさんの通知を画面に表示する。通知の中から英美のメッセージを選んでタップする。
今は学校がちょうど終わったくらいの時間で、英美は部活に行っている可能性もあったが、とりあえずメッセージを送った。
「英美、今時間ある? 部活かな?」>
しばらく待っていると、ブブッとスマホが震えた。
<「今日は部活休みだよ! どうしたの?」
何から話すか迷ったけど、とりあえず今の状況を説明することにした。もちろん、夕月華菜の母親のことは隠して。
「で、今東京にいる」>
<「そんなことになってたんだ。なんで言ってくれないの!」
「だって、英美を巻き込みたくなくてさ」>
「それで、本題はここからなんだけど」>
<「え、なに?」
「僕さ、夕月さんが好きみたいなんだ」>
僕はどんな反応が返ってくるかとドキドキしながら返事を待つ。すぐに英美からメッセージが届いた。
<「はぁ、やっと気付いたか」
「え?」>
僕は英美のまさかの言葉に目を見開いた。
<「え?じゃないよ! 私はずっと気付いてました! で、どうするの?」
「どうするって…」>
<「本気で好きなら好きって伝えたらいいじゃん。夕月さんから告白されたんでしょ?」
英美のメッセージを見て、僕は思い出した。東京に来ることを決めたあの日、夕月さんに告白されたことを。
今の今まですっかり忘れてしまっていた。
「伝えるってどうやって…?」>
<「そんなのはっきり伝えるしかないよ。」
僕が何と答えるべきか考えていると、英美から次のメッセージが届いた。
<「私、忙しいからもう抜けるね! 頑張って! おやすみ!」
僕はスマホの画面を消すと、ベッドに倒れこんだ。
夕月華菜たちが帰ってきたのか、下から話し声が聞こえてくる。それでも僕は外に出ていく気になれず、夕飯の時間に駿さんが呼びに来るまでベッドに横になっていた。その間、ずっと夕月華菜のことを考え続けていた。
夕飯を終えて、お風呂にも入らせてもらって、部屋に戻る。
スマホを確認すると、一件の不在着信の表示があった。スマホを操作して留守電メッセージを聞く。2年前に付き合っていた男の子からの電話で、「会いたい。留守電聞いたら折り返して。」というメッセージだった。
僕は大きなため息を吐いて、スマホをベッドに投げつける。
自分の気持ちの変化と元カレの事。悩みが膨らんでストレスが溜まっているのを感じる。苦しくて、消えてしまいたい。そんな気持ちに覆われて体も心も重くなっていく。
気分転換にベランダに出て、夜空に浮かぶ月を見上げる。街が明るいせいで、地元で見る月よりも暗く霞んで見えた。
体と心が沈んでいく感覚に身を任せて深く息を吐いた。