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20
僕は、校門をくぐって校内に入り、昇降口へ向かった。
今日、学校は休みで、校内に人はあまりいない。
人気のない階段を駆け上がる。向かった先には見慣れた扉があり、体重をかけてその扉をこじ開ける。
屋上に出た瞬間、凍てつく風が全身を襲った。
2月に入って比較的暖かくなったものの、風が強い日はまだまだ寒い。
辺りを見回すと、隅の方に背中を丸めて空を見上げている愛おしい後ろ姿があった。
僅かに見える横顔がほんのり紅く染まっているのに、思わず頬が緩んでしまう。
「華菜!」
僕が呼びかけると、華菜はゆっくりとこちらを向いて手を挙げた。
僕は足早に華菜の方へと進み、隣に並んだ。
華菜はどこか浮かない顔をしていて、不安げに揺れる瞳で僕を見つめてくる。
心配になった僕は、「大丈夫?」と声をかけた。
「あ、うん。大丈夫!」
華菜はぱっと笑顔になって左手を挙げた。その手には一つの袋が握られていて、小さな箱が入っているのが分かった。
「これ、バレンタインと誕生日のプレゼント!」
華菜はそう言って袋を開けて、中から二つの箱を取り出す。
「こっちがチョコケーキで、こっちが、……開けてみて」
桃色の小さな箱を華菜から受け取り、丁寧にリボンを解いた。
箱を開けると、そこには…
「…これ、指輪? どうして…?」
箱の中には、2つの指輪が入っていた。
シンプルなデザインで、僕好みのものだった。
「ペアリング。何があっても、お互いの事を忘れないように。ずっと繋がっていられますようにって。……重い、かな?」
華菜はそう言うと、僅かに眉を下げた。
僕はそんな華菜を優しく抱きしめて、囁いた。
「ありがとう。ずっと、大切にする。この指輪も、華菜のことも」
僕は箱から指輪を一つ取り出し、華菜の左手を取った。そのまま薬指に指輪をはめる。
華菜は自分の手で光る指輪を見つめ、次の瞬間、手で顔を覆って涙を流した。
僕は華菜をもう一度抱きしめた。何も言わずに、ただゆっくりと背中をさする。
「ごめん。……私、やっぱり消えたいよ。…結と一緒にいられれば、それでいいって、思ったけど、やっぱり──」
消え入りそうな声で言葉を紡ぐ華菜を、ただ強く抱きしめる。
離してしまえばすぐにでもいなくなってしまいそうで。
いくら考えても上手い言葉が見つからなくて、ただ抱きしめることしかできないけど、それでも───
「ごめん」
そう呟いて、華菜は僕の腕の中から抜け出した。
そのまま僕の横を通り過ぎていく。華菜が向かう先を見ると、その部分だけフェンスが破れているのが目に入った。その瞬間、華菜が何をしようとしているのかを理解する。
僕は慌てて駆け出した。
華菜に貰ったものが手から零れて足元に落ちた。僕はそれも気にせずに、華菜の後ろ姿だけを見つめて息を切らして走り続けた。
「華菜!」
そう、何度呼びかけても華菜は止まらない。
ついに華菜の手がフェンスに届き、屋上の縁に足をかけた。
僕は懸命に手を伸ばして華菜のもう片方の手を掴む。
「離して…!」
華菜は僕の手を振り解こうとする。
「華菜、ちょっと落ち着いて! っ、華菜!」
「もう嫌なの! 楽になりたい!」
涙で濡れた顔を歪めて叫ぶ華菜をこの世界に繋ぎ止めたくて、必死に訴える。
「辛いなら、辛いならまた僕と一緒に逃げよう! 僕は華菜を守るから! ねぇ!」
僕がどれだけ叫んでも、どれだけ強く訴え続けても、華菜を楽にしてあげることなんてできない。
そんなことはわかっている。
でも、それ以外に僕にできることなんて何も思いつかなかった。
僕の想いが華菜の心に届くように祈りながら叫び続けるしかなかった。
「華菜! 僕は華菜がいないと駄目なんだよ! いなくならないで…!」
僕の想いが届いたのか。
華菜が体の力を抜いた。
その一瞬の変化を見逃さず、僕は華菜の腕を引っ張って強く抱きしめた。
僕の肩に顔を埋めて|咽《むせ》び泣く華菜。
その頭を撫でながら僕は言い聞かせるように囁く。
「大丈夫。大丈夫だよ。僕は絶対華菜から離れないから。…大好きだよ、華菜」
華菜に聞こえていなくても、それでもいい。
僕の気持ちは華菜に届いてるって信じてるから。
届いていないなら、届くまで、伝え続ければいい。
今はただ、華菜が消えてしまわないように、抱きしめるだけ。それだけでいい。
しばらくして華菜が泣き止むと、僕は華菜の体を支えながら屋内へと戻っていった。
華菜がくれたケーキと指輪は、落としてしまったけど箱に守られて中身は無事だった。
華菜を促してゆっくりと歩く。
目的の場所に辿り着くと、ドアをノックして相手の返事を待たずにドアを開けた。
「え、結さん!? って、華菜ちゃんどうしたの!?」
春吉理恵先生が目を見開いて声を上げる。
華菜が僅かに顔を歪めたのに気付いて、僕は口に人差し指を当てた。
春吉先生は僕の顔を見て小さく頷いた。
「ベッド、借りてもいいですか?」
「もちろん」
華菜を連れてベッドの方に行き、華菜をベッドの上に寝かせた。春吉先生が渡してくれた毛布を掛けてあげた後、僕は傍にあった椅子に座った。
「華菜、何があったの?」
「……昨日、お母さんが家に来て、また殴られそうになったの。お父さんが守ってくれたんだけど、怖かった」
眉を下げて不安げな瞳で僕を見つめる華菜の頬に、優しくキスをした。
「結、ごめんね」
「謝らなくていいから。生きててくれるだけで嬉しいよ。……あ、そうだ」
僕は服のポケットに入れていた桃色の箱を取り出して、その中の指輪を手に取った。
自分の左手の薬指にはめて、その手で華菜の左手を取る。
2人の手でお揃いの指輪が輝いている。
華菜の顔に視線を向けると、華菜は僕の顔を見つめて優しく微笑んでいた。
僕の傍で笑っていてくれるのが、僕はすごく嬉しかった。
視界が滲んで華菜の顔が見えなくなる。
僕は溢れ出す涙を拭って、微笑んで言った。
「華菜、大好きだよ」
僕の言葉に、華菜は嬉しそうに目を細めた。
大好きな華菜の笑顔に、僕の心は幸せで満たされる。
「私も大好きだよ、結」
僕は、華菜と笑いあいながら、心の中で誓った。
華菜を絶対に離さない。
華菜をずっと守り続ける。
華菜と、
死ぬまで、
笑いあい続ける、と。
今年のバレンタインは、チョコレートのようにほろ苦く甘い1日になった。
来年は、甘い思い出でいっぱいにできますように。
そう願いながら、華菜の笑顔をいつまでも見つめていた───
最後まで読んでくれてありがとうございました!
これからもこの作品を愛し続けてくれると嬉しいです!