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僕が教室に入って自分の席に着くとすぐに、友人である|東条英美《とうじょうえみ》が声をかけてきた。
「おはよう、|結《ゆう》!」
「おはよう。英美は相変わらず元気だね」
「私が元気なんじゃなくて、結がいっつも元気ないんでしょ!」
そこから始まった、英美の、僕のローテンションに対する文句を聞き流しながら教科書などの準備をして、それを終えると席を立った。
毎日、朝のホームルームが始まるまでの時間は屋上で過ごすことにしているのだ。
「また行くの? たまには私の話聞いてよ!」
「ごめん、また今度」
不満げな英美を残して教室を出た。
足早に廊下を進み、階段を駆け上がる。
数秒で屋上に続く扉の前に辿り着き、ゆっくりと重い扉を開けた。
目の前には見慣れた光景が広がっている。しかしその中でひとつだけ、普段と違う要素があった。
屋上の端にあるフェンスに寄りかかって空を見上げている、クラスメイト───|夕月華菜《ゆうづきはな》がいたのだ。
夕月華菜はゆっくりと僕の方を見て、口を開いた。
「君はたしか…同じクラスの|有栖《ありす》結さんだよね?」
全く関わったことのない人に名前を憶えられていたことに驚いて、動揺して何も答えられずにいると、
「あ、違った? 違ったならごめん!」
夕月華菜が顔の前で手を合わせて謝ってきた。
何も間違っていないのに謝らせていることに罪悪感を感じて、僕は慌てて訂正する。
「あ、間違って、ない。…有栖結です」
聞き取れるかどうかわからないくらいの小さな声で僕が言うと、夕月華菜は優しく微笑んだ。
「よかった。有栖結さん、せっかくだしちょっと話そうよ」
いつもだったら、「よく知らない人と話すなんて嫌だ」と言って断っていただろう。
でも今日は、話に付き合うことにした。それがなぜかはわからない。夕月華菜という人物が気になっていたのかもしれないし、誰かと話したい気分だったのかもしれない。
僕が屋上の端へと進んでフェンスの前で立ち止まると、夕月華菜が僕の方を向いた。
「結さんはどうして屋上に来たの?」
そう聞かれて夕月華菜の顔を見た。その顔に僕の心を探るような雰囲気はなく、ただの興味で聞いてきていることがわかる。
僕は素直に本当のことを答えることにした。
「えっと…毎朝、ホームルームが始まるまでの時間はここで過ごすことにしてるんです。朝はできるだけ一人でいたいから」
「そっか。…って、なんで敬語なの! 同い年なんだからタメでいいよ! っていうか一人になりたいって…私、邪魔かな?」
「いや! 大丈夫…です」
「ふふっ、よかった!」
夕月華菜はそう言って微笑むと、空を見上げた。
僕も同じように空を見上げる。流れていく雲を見つめた後、目を閉じる。
暦の上では夏の終わりだが、まだまだ気温は高い。でも、心地よい風が吹いていて体感はそこまで暑くなかった。
しばらく静かな時間が流れた。
ある時、隣から小さな声が聞こえた。
「消えたいなぁ…」
「え?」
驚きで思わず声を発してしまう。
クラスではいつも明るく、周りの友人たちと笑いあっている彼女から、「消えたい」なんて言葉が出たことが意外だった。
僕の声が聞こえたんだろう、夕月華菜がこちらを向いた。何とも言い難い複雑な表情をしている。
「…聞こえちゃった?」
「うん、まぁ」
「そっかぁ。……ねぇ、結さんは「消えちゃいたい」って思うことある?」
そう尋ねられて僕は少し困ってしまう。
あまり自分のことを他人にさらけ出したくはない。
ただ、彼女のイメージとは程遠い沈んだ声を聞いてしまうと、正直に答えることしか許されないような気がした。
意を決して僕は口を開いた。
「僕は…」
キーンコーンカーンコーン
朝のホームルーム10分前のチャイムが鳴り響く。
なんてタイミングだ、と思う反面、ほっと胸を撫で下ろしている自分もいた。
横を見ると、夕月華菜は先程とは全く違う明るい表情を浮かべて思いきり背伸びをしていた。
僕がじっとその姿を見つめていると、ふとこちらを向いた夕月華菜が微笑んだ。
「ホームルーム始まっちゃうから戻ろ! あ、さっきのことはみんなには内緒にしてね?」
僕は小さく頷き、スタスタと屋内へ続く扉に向かっていく夕月華菜の後を追った。
最後まで読んでくれてありがとう!
次回は24日です!
お楽しみに〜!