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僕は教室に駆け込んだ。
時計を見ると、朝のホームルーム5分前を示していた。
息を整えながらゆっくりと自分の席に向かい、どかっと椅子に座った。
|英美《えみ》が驚いた顔でこちらに近づいてくる。
「どうしたの? こんなギリギリになるなんて珍しいじゃん」
「はぁ~…普通に寝坊した」
僕がそう言って深く息を吐くと、英美が吹き出した。
「あははっ |結《ゆう》でも寝坊することあるんだ! めっちゃ意外なんだけど!」
「笑うなよ~!」
そこでチャイムが鳴り、英美は笑いながら自分の席に戻っていった。
木元先生が教室に入ってきて、簡潔にホームルームを行い、すぐに出て行った。数名の生徒がその後を追っていく。
相変わらず人気だなぁと思いながらその光景を眺めていると、入れ替わるように|夕月華菜《ゆうづきはな》とその友人たちが教室に入ってきた。先程まで教室内にいたはずだが、トイレにでも行ってきたんだろうか。
グループの中には|南奈桜《みなみなお》もいたが、気まずそうな雰囲気はない。夕月華菜もいつもと変わらない笑顔を見せている。
昨日の僕の心配は杞憂に終わったようで、僕は安堵のため息を吐いた。
しばらくして午前中の授業が始まる。
授業の内容をノートにまとめ、先生のつまらない話は聞き流し、授業の合間の休憩時間は英美と話す。
そんな感じで特に変わったこともなく、いつも通りに時間が過ぎて行った。
そして昼休み。
今日は購買でパンを買って屋上で食べることにした。
英美もついて来ようとしたが、丁重に断って一人で屋上に向かう。
屋上に続く重い扉を開けて外に出る。
するとそこには、昨日と同じようにフェンスに寄りかかって空を見上げる夕月華菜がいた。
夕月華菜は僕の存在に気付くと顔を綻ばせた。
「やっほ~!」
僕に向けて手を振る夕月華菜の方に近づいていき、隣に並ぶ。
「どうしてまたここにいるの?」
「うん? 結さんが屋上に行くって言ってるのが聞こえてきたから待ってたの」
「ふーん」
数秒間沈黙が続いた後、小さくお腹が鳴る音が聞こえた。
隣を見ると、照れ笑いを浮かべた夕月華菜と目が合った。
「昼ごはんは?」
「忘れちゃったんだ。お金もあんまり持ってないから何も買えないし…」
そう言ってため息を吐いた夕月華菜に、僕は無言でパンを差し出した。
差し出されたパンを見て、窺うように僕の顔を見つめてくる。
いいよ、と僕が小さく言うと、夕月華菜は満面の笑みを浮かべてパンを受け取った。
「ありがと~! 結さん優しいね!」
「別に」
僕はそう言って、もう一つのパンの袋を開けて食べ始める。
2つ買っといてよかったな、と思いながら食べ進めていると、隣から声をかけられた。
「昨日、先に帰っちゃってごめんね」
そう言われてずっと気になっていたことを思い出し、僕は夕月華菜に尋ねた。
「全然いいんだけどさ、…昨日、何かあったの? 南さんも変な感じだったけど」
僕の言葉を聞いて、夕月華菜は目を見開いた。
「えっ、と……。うん、まぁ、ちょっとね」
夕月華菜は目をそらし、誤魔化すように曖昧にそう言って笑った。
気になったが、追求するのはやめておいた。言いたくないことを無理に言わせる必要はない。
「そういえば、結さんに聞きたいことがあるんだった!」
突然大きな声でそう言ったかと思えば、夕月華菜は真剣な顔をして尋ねてきた。
「結さんは「消えたい」って思ったことある?」
「あぁ…そういえば答えてなかったね」
僕は昨日のことを思い出しながら呟いた。
昨日は、答えようとしたところでチャイムが鳴ってしまい、結局何も言えずに終わったのだ。
僕は一度深呼吸をする。
そして、落ち着いた声になるように意識して言葉を発した。
「あるよ。…今も、思ってる。もう何もかも投げ捨てて、逃げ出して、いなくなりたいんだよね。…この世界から」
そう言った瞬間、周りからすべての音が消える。
風を受けて真っ白な雲が遠くに流れていく。
僕のこの気持ちも一緒に流れていけばいいのに……
この気持ちがなくなれば、楽になるのかな……
そんなことを考えながら佇んでいると、隣から穏やかな声が聞こえた。
「私も同じだよ。この気持ちを理解してくれる人なんてなかなかいないから、結さんも一緒だって知れてすごく安心した。……「消えたい」って何だろうね」
「さぁ…」
2人で空を見上げる。
同じ気持ちを抱えて、僕の気持ちを否定せずに理解してくれる人が隣にいる。
それだけで、常に感じていた漠然とした不安は小さくなっていった。
キーンコーンカーンコーン
昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。
ゆっくりと歩き出した夕月華菜の後を追って屋内へと戻る。
教室に着くころには、夕月華菜はいつも通りの明るい笑顔を浮かべていた。
昨日と同じように、「さっきのことはみんなには内緒ね?」と僕に言う。
僕も昨日と同じように小さく頷いた。
午後の授業も何事もなく終わる。
帰りのホームルームもすぐに終わって、下校時間になった。
今日も英美は部活だということで、僕は一人で学校を後にした。