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それから一週間が経った。
その間も僕は毎朝屋上に行っていたが、|夕月華菜《ゆうづきはな》が来ることは一度もなかった。
夕月華菜はクラスではいつもと変わらず、友人たちと一緒に過ごしていた。しかし、そのグループの中に|南奈桜《みなみなお》の姿はなかった。
今日も昨日までと同じように南奈桜はグループの中にいない。
クラスを見渡してみると、南奈桜は自分の席で読書をしていた。
僕がじっとその姿を見つめていると、視線を感じたのか、南奈桜はぱっと顔を上げてこちらを向いた。
僕と目が合うと、南奈桜は不快感を露わにする。
慌てて顔を背けて前を向くと、前の席には|英美《えみ》がいた。ニヤニヤしながら僕の顔を見つめてくる。
「…なに? どうしたの?」
「え~? 結ってさ、…南さんのこと、好きなの?」
「は?」
あまりに突拍子もない英美の発言に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
僕の反応を見て、英美が不思議そうな顔をする。
「え、違うの? 最近、南さんを見てること多いのに」
「違うよ。確かに見てることは多いかもだけどそれは、なんか…南さんが夕月さんと一緒にいるところを見なくなったからどうしたのかなって思ってるだけ」
僕の説明を聞き、英美は納得したような顔をして頷いた。
「そうだね…。どうしたのかな? 何かあったのかな?」
英美がそう言ったところで、夕月さんが僕たちのもとに来て声をかけてきた。
「結さん、今から屋上で話さない?」
「え、今からって…ホームルーム始まるよ?」
「保健室に行ってることにすればいいよ」
「え、でも…」
僕が煮え切らない態度をとると、夕月さんは表情を曇らせた。そのまま俯いて黙りこんでしまう。
その様子を見ていたたまれなくなった僕は、迷いながらも口を開いた。
「…わかった、いいよ。行こうか」
僕はゆっくりと立ち上がり、夕月華菜の手を引いて教室を出た。クラスメイトや廊下にいる生徒たちの視線を背中に受けながら、足早に屋上へと向かった。
屋上に着くと、2人で隣に並んでフェンスに背中を預けた。
「で、どうしたの?」
僕が尋ねると、夕月華菜は小さな声で
「奈桜と喧嘩した」
と言った。
どれだけ仲の良い友人同士であっても喧嘩することぐらいはある。そんなことはわかっているが、どうしても2人が喧嘩をする場面を想像できなかった。あれだけ仲の良かった2人が距離を置くようになる程の喧嘩の理由が気になったので、僕は素直に聞くことにした。
「喧嘩って…理由はなんだったの?」
僕がそう聞くと、夕月華菜はゆっくりと話しだした。
「うん…。喧嘩というか一方的に罵倒された感じなんだけど……」
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「華菜。ちょっといい?」
ある日の放課後、教室を出ようとしたところで奈桜に呼び止められた。
振り返って奈桜の方を見ると、奈桜は真剣な顔をしていた。
「うん、いいよ。どうしたの?」
奈桜は一度深く息を吐いてから私に尋ねてきた。
「最近、有栖結と話してるのをよく見るけど、アイツとはどういう関係なの?」
「どういう関係って…?」
奈桜は険しい顔をしている。
奈桜がなぜそんな顔をしているのか、私には理解できない。
「だから、…アイツと付き合ってるの?」
奈桜の言葉を理解するのに数秒の時間を要した。
私は小さく笑って奈桜の問いに答える。
「そんなわけないでしょ! 結さんはただの友達! 勘違いしないでよ~笑」
いつものテンションでそう言うと、奈桜はなぜか、さらに表情を硬くした。
「ただの友達、って…。私との時間を削ってまで一緒に過ごすこともあるのに? あれだけ……」
奈桜は一度そこで言葉を切って、再び口を開いて言った。
「あれだけ「奈桜がいないと寂しくて死にそう」って言ってたのに、私のことはどうでもよくなったの!?」
突然の奈桜の大声に、心臓が飛び出しそうになる。
奈桜の顔を見ると、今にも泣きだしそうな表情をしていた。
奈桜がここまで感情を露わにするのは初めてのことで、どうしたらいいのかわからない。だけど、奈桜の最後の言葉だけは訂正しないといけない。それだけはわかる。
「奈桜のことがどうでもよくなることなんてない! 奈桜は私の親友だから。ね?」
私はそのまま奈桜を抱きしめようとしたが、強く拒まれた。
「もういいよ。どうせ、アイツのことが好きなんでしょ」
そう言い残して、奈桜は教室から出て行った。
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話し終えた夕月華菜の顔は、苦痛に歪んでいた。
「どうして私は責められないといけなかったのかな…?」
夕月華菜の呟きに、僕は何も返せない。
僕が原因で起こってしまったことだという事実に衝撃を受けたのもある。
だけどそれ以上に、返すべき言葉を選ぶのに時間がかかった。
南奈桜が夕月華菜を責めた理由、それが何なのか、僕はなんとなく想像がついていたから。
だけどそれは、夕月華菜に伝えるべきではないと思う。南奈桜本人が伝えるまでは。
僕は、思いついた中で最善──と僕が思う解決策を夕月華菜に伝えることにした。
「とりあえず、南さんともう一回話してみたら? お互いに正直な気持ちを伝えあって、ちゃんと話せば、分かり合えるはずだから」
僕の言葉を聞いて、夕月華菜は笑顔を見せる。
その笑顔は、一瞬で作り笑いだとわかるほどに引きつっていた。
「ありがとう、結さん! 奈桜とちゃんと話してみるね! …私、保健室に行くから、先生に伝えてくれる?」
「うん、わかった。……大丈夫?」
「ふふっ 大丈夫だよ~」
夕月華菜は微笑みを浮かべたまま屋上を後にした。
「はぁ…」
僕はフェンスに寄りかかって、深いため息を吐いた。
夕月華菜が僕を信頼して打ち明けてくれたのに、僕は役に立つことを何一つ言えなかった。
話せば分かり合える、なんて無理に決まってる。話すだけで分かり合えるなら、人はここまで激しく衝突したりしない。
それはわかっていたが、凡人以下の僕の頭ではそこまでが限界だった。
それに…
役に立たない答えを出したことで、夕月華菜に無理をさせてしまった。
あの引きつった笑顔を見たとき、僕は自分の無能さを思い知った。
今僕は、無性に消えたくなっている。
悩み一つさえ解決できない僕は、この世界に存在している意味なんてない。
何より、自分の無能さに、馬鹿さに、これ以上傷つけられたくない。
結局のところ、僕は自分が傷つくのが嫌なだけなんだ。
それから、1限目の始まりを告げるチャイムが鳴った後も教室に戻る気にはなれず、1限目は屋上で過ごした。
1限目が終わってから教室に戻ったが夕月華菜の姿はなく、英美に聞くと、夕月華菜は早退したようだった。
僕は2限目が始まる直前になって保健室に行き、春吉先生の許可を得てベッドに潜り込んだ。
こんな気分ではベッドに入ったからといって眠れるはずもなく、10分程度で起き出して春吉先生と他愛もない話をした。
途中で僕の気持ちがガクっと落ちると、それを感じ取ったのか、春吉先生は「無理しなくていいから」と言って早退の手続きをしてくれた。
3限目が終わる頃、僕は春吉先生に見送られながら学校を出た。
憂鬱な気分を抱えたまま家までたどり着き、自室のベッドで気を失うように眠った。