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**華菜side**
結さんと共に東京に来てから3日目。
1日目はお父さんと買い物に行き、2日目は一日中家の中で過ごした。結さんはというと、お父さんとはすぐに打ち解けたのだが、ほとんどの時間を2階の部屋で過ごしていた。なぜか聞いてみると、東京の人の多さにやられたから、ということだった。そんなところも結さんらしくて好きだ。
3日目の朝、珍しく結さんから「出掛けない?」と言われた。
私は二つ返事でOKし、うきうきで準備をした。
お父さんに車で送ってもらって、私と結さんは今、渋谷に来ている。かの有名な交差点で人波にのまれている。
「わ~はじめて来た! 広いし人多い!」
私がはしゃぎながら横を見ると、結さんは私を見て微笑んでいた。
「夕月さんが楽しそうでよかった。せっかく東京まで来たんだから楽しまないとね」
「…結さん、ありがとう」
「ううん。あそこ行こ」
そう言って歩き出した結さんについていくと、交差点と同じく有名なわんちゃんの像が見えた。
「へぇ~あんな感じなんだね~。写真撮りたい!」
「写真‥‥人多いから遠目からでもいい?」
「全然いいよ~」
私と結さんは像から少し離れたところから写真を撮る。
その結果、像は後ろの方に小さくしか写っていなかったけど、私は結さんと写真を撮ることができただけで十分だった。
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私たちは渋谷駅に入って、次の目的地へと向かった。
数分で、目指していた原宿駅に到着する。そのまま駅から出て有名な通りへと向かう。東京を観光しながらわかったのは、東京は有名な場所ばかりで、その場所には必ず色んな国籍の人々がひしめき合っていること、だった。
原宿も例外ではなく、周りの人に押されながら歩くことになった。
「もう…。人多すぎて嫌になる」
「だねぇ。あ、あそこ行きたい!」
「え~どこ~?」
結さんはフラフラの状態で何とか私の後をついてくる。そんな結さんが面白くて、私は頬が痛くなるほどに笑い続けた。
私たちは、ファンシーなお店や、おしゃれなヴィンテージの洋服のお店、可愛らしいカフェなどに入って全力で楽しんだ。結さんはやっぱりヘロヘロだったけど、「夕月さんが行きたいところに行けばいいよ」と言ってどこまでもついてきてくれた。
通りを抜けると、私は結さんに声をかけた。今日一日、私の願いを叶えて楽しませてくれたことに対する感謝と、最後のお願いを伝えるために。
「結さん」
「ん?」
「今日、誘ってくれてありがとう。疲れちゃっただろうけど、私についてきてくれてありがとう」
「ふふっ。うん、いいよ。僕も楽しかったしね」
「結さん、あと1つだけ、行きたいところがあるんだけど」
結さんは、まだあるのかというような、呆れと驚きを混ぜた表情を浮かべる。だけどすぐに、目を細めて優しく微笑んだ。
「うん、どこ?」
「歌舞伎町」
「……は!? それは…!」
結さんは私の方に僅かに身を乗り出して、口をあんぐりと開けた。想像通りの反応に、私はくすくす笑ってしまう。結さんは少し恥ずかしそうにして元の体勢に戻る。
「歌舞伎町って、…僕たち高校生だよ?」
「あははっわかってるよ! ホストクラブに行くとかじゃなくて、ただ通りを見てみたいだけ。今の時間だったら人少ないだろうしさ」
私が訴えると、結さんは渋々といった感じで頷いた。
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私たちは再び駅へと戻って電車に乗る。車窓から見える空は、綺麗な橙色に染まりつつあった。
新宿駅で降りて駅を出る。スマホで道を調べながら歩いていくと、明らかに周りと雰囲気の違う場所に辿り着いた。そこの入口には"歌舞伎町一番街"と書かれた看板がある。ここが歌舞伎町で間違いないようだ。
「ほんとに行くの…?」
結さんが不安そうに揺れる瞳で私の目を見つめてくる。
「行くよ。さっと行ってさっと帰ってくる」
そう言って、私は結さんの手を引いて歩き出した。
テレビで見たことがあるものそのままで、至る所にゴミが落ちていたし、まだ明るい時間だというのに道端でぐっすり眠っている人もいた。
「結さん」
私が街の景色を眺めたまま呼びかけると、結さんは「なに?」と呑気な声で返してくる。入る前はびくびくしていたのに、今は余裕を取り戻しているようだ。
「私がさ、この街で暮らしたいって言ったら、結さんはどうする?」
「え…? どういうこと?」
「みんながみんな自由ってわけじゃないんだろうけどさ、あの人みたいに、自分の好きなところで好きなように過ごせる、そんな風に生きてみたいの」
酔いつぶれて眠っている人を指さしながら言うと、結はその人のことをじっと見つめて固まってしまった。私は結さんに追い打ちをかけるように最後のセリフを呟く。
「……一回どん底まで堕ちてみてもいいかなぁ、なんて…」
結さんは、私の方に視線を動かして、何と言っていいかわからないというような表情を浮かべた。
ずっと、私の目を見つめて黙り込んでいる。
数分間続いた沈黙の時間。最初にそれを破ったのは結さんだった。
「僕は、どこまでも夕月さんについていくよ。だけど、だけど、‥‥もう少しだけ、一緒に頑張ってみない?」
そう訴えかけてくる結さんは、今にも泣きそうに顔を歪めていた。その顔を見て、私は胸が痛くなった。途方もない悲しみに心が塗りつぶされていった。
「何を頑張れと? 私はもういっぱい頑張ってきた。何があっても逃げずにやってきた。それでも、駄目だったの。‥‥もう私には居場所なんてないんだよ」
私はそう言って俯いた。悲しみと、怒りと、絶望と…。色々な感情がごちゃ混ぜになって、逆に冷静になっている。そのはずなのに、視界が滲んで、目からは涙が溢れ出していた。
結さんの前から逃げ出したくて、私は結さんに背を向けて走り出そうとした。
一歩目を踏み出した時、手首を強く掴まれて、そのまま優しい温もりに包み込まれた。
耳元で、結さんのすすり泣きが聞こえてくる。私を抱きしめる腕は小さく震えていて、頼りなくて。
だけど私は、ここから逃げ出せなかった。私を包む大好きな温かさだけが、今の私を支えていた。
「僕、夕月さんが好きだよ。だからいなくならないでよ。僕から離れないでよ! ずっと傍にいてよ!!」
今までにないほどの力強い結さんの声に、私は体の芯が震えるのを感じた。同時に、冷たくなっていた心が少しずつ熱を取り戻していくのを感じる。
体を離して結さんの顔を見ると、結さんは頬を涙で濡らして優しく微笑んでいた。
「夕月さん、答えるの遅くなってごめんね。僕でよかったら、付き合ってください」
結さんの言葉を聞いて、私はその場に崩れ落ちそうになった。結さんが「わっ!」と声を上げて慌てて私の体を支えてくれる。
「大丈夫!?」
「うん、大丈夫」
私を見つめる結さんのことが、誰よりも、何よりも、大好きだ。
結さんも私のことが好きで、大切に想ってくれている。
それだけで私は、この生きづらい世界でも生きていける気がした。
この時の私たちは、それぞれの未来に悲劇が待っていることなんて、知るよしもなかった。